和解
・・・ はぁ~、ひまだわ。レフティ、ライト、あたいにも何か仕事おくれよ。
「何言ってんのよ、まだミッションは途中よ」
「そうだよ、ロックちゃんにぴったりの役割は、ボクらの母親しかないだろ」
つまらないねぇ。
レフティとライトが『転校』してから、はや1ヶ月がたった。栄勝君のお願い(惠梨香ちゃんと両想いになること)は、その性質からいって、急速になんとかなるお願いじゃない。徐々にやるしかないのだが、かといって成功は極めておぼつかない。大人の男女なら、打算とか計算とかで説得も可能なのかもしれない。あるいは、肉体的な魅力とか・・・
しかし、クライアントは、小学校6年生、微妙な年頃だ。
この1ヶ月で、6年3組の勢力図が変わった。
惠梨香ちゃんグループは、いまやすっかり、レフティグループだ。表面は、惠梨香ちゃんがリーダーであるのは変わりないが、当の惠梨香ちゃんがすっかりレフティになついているので、レフティが惠梨香ちゃんの参謀のような存在になっている。惠梨香ちゃんのとりまき連中も、レフティに一目置いて、反発や嫉妬をすることはなくなっていた。
さて、ライト君。『あいつには、ナニいってもしょうがないや』って意味で、すっかりみんなの人気者だ。いじめっ子連中も、ライトの底抜けの正直さには、手出しがしようがないらしい。
ライトは、栄勝君を終始、友達として扱った。共通の趣味として、二人ともバスケットボールが好きなことがわかった。
「エーショーくーん! 放課後だああ!! 体育館に、バスケやりにいくよー!! 」
「おう! 今日こそ負けねえぞ! 」
シパーン、シパーン!
ライトのすばしこさに対し、栄勝君はずんぐりしているが、まるでそそり立つ壁のように、ライトのボール運びを阻害する。大きな栄勝君のディフェンスに攻めあぐねるライトだが、するりと栄勝君の広げた腕を抜けると、縮こまってパーン!!!
ガトン
ボールがバスケットに飲み込まれる。
「やったあ! エーショー君! 油揚げ、おごりだよ! 」
「しまった、油断した・・・ しかし、ライト、お前ほんと油揚げ好きだな」
「おーい、俺たちも混ぜろよー!」
と、数人のクラスメイトが駆け寄ってきた。
「よし、試合だ、試合だあ! 」 ノリノリのライト
男の子たちは、バスケットポールに興じていくのだった。
さて、あたいは社に帰って、ひとりお酒をちびちびとなめることにしようか。お酒のお供え物、まだ残ってたかしら?
☆
「おいライト、うち遊びに来いよ。おいしい油揚げあるしさ」
「いいよ~」
栄勝君とライト、すっかり仲良しだ。
「なんか損した気分だわ。惠梨香は油揚げおごってくれないし」
レフティ、ちょっとむくれてる。いいじゃない、あたいなんか、出る幕もないのよ。
よし、レフティ、実体化を解いて、ライトについて行っちゃおうよ。
「賛成! 」
しばらく歩いて行くと、例の白亜の豪邸に着いた。
「ただいまー、今日は友達連れてきたよー」
「お坊ちゃま、お帰りなさいませ」
「おっじゃましまっす、ふうー! 」 ライト君、挨拶くらいまともにしようよ。
そこに、頭をまるまると剃りあげた、がたいのいい作務衣姿のお父さんが出迎えた。
「栄勝! 帰ったらまずお勤めだ! お友達には少しの間待ってもらえ」
「え! 何言ってんだよ、ともだちが来てるのに・・・ 」
「お父さん! おいらもお経あげさせてもらっていい? 」
「・・・え? そ、それはいいけど、できるのかい、ボク? 」
「般若心経でいいかな? 」
「そりゃもちろん・・・ じゃ、お堂に入って」
「エイショー、じゃ、いっしょにお唱えしよー! 」
ライトと栄勝君、ふたり仲良く並んで正座して、お唱えが始まった。
「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時
照見五蘊皆空度一切苦厄 舎利子
色不異空 空不異色
色即是空 空即是色
受想行識 亦復如是
舎利子 是諸法空相 不生不滅
不垢不浄 不増不減
是故空中 無色 無受想行識
無眼耳鼻舌身意 無色声香味蝕法
無眼界 乃至 無意識界
無無明 亦無無明尽
乃至 無老死 亦無老死尽
無苦集滅道 無智亦無得
以無所得故 菩提薩垂
依般若波羅蜜多故
心無罫礙 無罫礙故 無有苦怖
遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃
三世諸仏 依般若波羅蜜多
是大神呪 是大明呪 是無上呪
是無等等呪 能除一切苦 真実不虚
故説般若波羅蜜多呪 即説呪日
羯諦 羯諦 波羅羯諦
波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
般若心経」
ゴーン♪
「君、全部暗記してるんだね。感心、感心。もしかして、お寺の子かい? 」
「違うよー、稲荷の子だよー。でも、お寺が長い間ご近所さんだから、憶えちゃった」
「ほほぅ、まさに門前の小僧、習わぬ経を読むだね」
「もんじゃの小エビ? おいら、お好み焼きの方が好きだな。でももっとすきなのは、油揚げ! 」
「はいはい、栄勝から聞いてますよ。後でおやつに差し上げますよ」
「わーい、お坊さんのお父さん、ありがと! 」
お父さん、上機嫌でお堂から出て行った。
「ライト、お前いつ般若心経なんかおぼえたんだよ。俺、嫌で嫌で、まだ時々間違えるよ・・・ 」
「暗記しようとするから間違えるんだよ。歌と一緒だよ、意味と音を憶えて、歌えばいいんだよ♪ 」
「ふーん。意味が難しいけどな・・・ でもライトと一緒にお経よめて、楽しかったよ」
「そうさっ! ノー・ミュージック、ノー・ライフだぜ、ベイベ♪ 」
「あははは・・・ 俺、なんか坊さんになるのが義務みたいな感じがして、まだ運命決められたくないっていうか・・・ それで父さんに反発したりして。
なんか、ライトとバスケットしてるうち、そんなのどうでもいいっていうか、なるようにしかならないっていうか、自分で決めて行こうっていうか・・・ 父さんとこの間話したんだけど、大学までに決めればいいって」
「よかったじゃん。だから、それまでの間、せっかくのご本尊様にお願いすればいいのさっ。仏様との『えにし』だよ、えにし! 」
「ライト・・・ えらく古いこと言うんだな。中身は父さんの言ったことと一緒だぜ、しかも」
ぐぅ~。ライトの腹の虫がなる。
「エーショーくーん・・・ 油揚げ、いつ食べられるのお~? 」
「はっはっは・・・ 家政婦のミタ代さんにお願いするよ! 」
そっかそっか。栄勝君、反抗期だったのね。お父さんと和解できたみたいだし。よかったわ。




