鬼子母神
「おい、文吉、法師人の身柄を与力の藤堂様にお渡ししてくれ。あっしはあのお岩とやらが気になるから、ちと見てくらぁ」
「へい、承知しやした」
☆
ケツァルコアトルが、口から炎を吐き、あたいらを攻撃する。
ヴォヴォヴォヴォヴォ!!
あたいらは、ケツァルコアトルの炎をよけながら、コンコン通信でお願いした助っ人を待っている。
「まだなの!? あたいの着物全部燃えちゃったわよ! なんで裸踊りしなきゃなんないのよ! 」
「だ、大丈夫よ! この日の本の国の一大事なんだから、すぐ助っ人が! あちちち! 」
「フニクラ、フニクラ、フニクラ~♪ ほれ、こっちこっち! おもしろいや! 」
右坊、それ、何の歌よ? 楽しんでいる場合じゃないよ!
ひゅるるるる
空から、白い光の帯が、複数やってきた・・・ 地上におりると、いずれも白いキツネの姿に変わった。どうやら、近隣の稲荷神社から、眷属のキツネたちが駆けつけてきてくれたらしい。
「助太刀感謝! さあ、コンコン合体だっ! 」
がったいだぁ?! といぶかっていると、右坊を中心に、左娘と助っ人キツネ達が真っ白に光りながら、まるく集まって行く。
ぴかっ
とまぶしい白い光が放たれた、と思ったら・・・
そこに大きな一匹のキツネの姿が現れた。
ただし、しっぽの数が・・・ 1、2、3、4・・・ 9つ。
九尾の狐だ!
九尾の狐は、右の前足を大きく振りまわして、爪でケツァルコアトルに一撃をくれた。
「グギャギャー!! 」
ケツァルコアトルに命中、皮膚を切り裂いたようだ。ケツァル、真黒な毒素を吐き出し、九尾の合体狐にぶつけた!
「ケーン! 」
九尾の狐、しっぽをわさわさふるわせて、苦しそうだ。
そのあとも、ケツァルが攻撃をすれば九尾が反撃し、九尾が攻撃すればケツァルが反撃し、一進一退実力が拮抗しているようだ。
あたいと言えばなすすべもなく、ただ裸のまま応援するしかなかった。だって、あたいには特別な力なんてないもの。いつか、そんな力がつくことがあるのかしら・・・
しかし、この異国の化け物(神というべきか)、やたらに強い。九尾も追い詰められて、地面に倒されてしまった。危ない! ケツァルが口から炎を九尾にかけようとしたところ・・・
ひゅるるるる・・・
どこからか、石の礫がとんできて、ケツァルの頭に当たった。ケツァル一瞬ひるみ、その隙を使って九尾ちゃんがばっと飛び上がってピンチを切り抜けた。九尾、逆に目から金色に光る『コンコン光線』を浴びせかけた!! 「ギャアアア!! 」
まずい、このままじゃ共倒れだ・・・ あたいはその場に裸で正座をして、ひたいの前で両手をかたく握り合わせ、祈った。
「お願いします! 日の本に暮らす諸仏諸神よ! われらに力を貸したまえ!! 」
ゴロゴロゴロ・・・
雷の声が遠くに聞こえた。
ゴロゴロゴロ・・・
ピシャーッ!! 一筋の雷が落ちたと思ったら、目の前に大きな、真黒な肌の女神が現れた。山のように大きく、腰には「どくろ」をたくさんぶら下げている。髪の毛と目は真っ赤に燃えている。
「か、訶梨帝母様、もしかして、入谷の鬼子母神様か?
鬼子母神様の真黒な大きな手がぐわっと降りてきたかと思うと、ケツァルコアトルを親指と人差し指でつまみあげ、天に持ちあげると
プチッ
親指と人差し指で、いとも簡単につぶしてしまった。
「吾ノ外 民ノ心臓 喰ラフ事 許サジ」
たぶん、そんなことをおっしゃった(後の右坊の証言による。)と思うが、その後に金色の光を放ちつつ姿を変え、まるで慈母観音のような優しい母の姿に変わった。
あたいらに何もおっしゃることなく、ただ数度うなづきをされて、すぅーっと消えてしまわれた。
九尾の狐も合体を解き、銘々の白狐に戻った。助っ人の白狐7匹は、それぞれの持ち場に帰って行った。あたいらには、お返しするものが何もなかったので、ただただ「ありがとね」というほかなかった。
左娘がほっとして、
「・・・ あぁ、助かった。あいつ、『九尾の狐』をもってしても退治できそうもなかった。やばいと思ったときに、鬼子母神様がいらっしゃるなんて。鬼子母神様も、仏様に帰依する前は、赤子や心臓を好んで食されたお方だから、ケツァルコアトルの所業は見逃しがたかったのかもね・・・ 」
右坊がケツァルの想いを語りだした。
「結局、おいらたちも、あのケツァルコアトルにしても、どれだけの人に神として拝まれるかによって力が変わってくるんじゃないかな。たくさんの人に敬われているとき、あのケツァルのアステカ国は、とっても幸せだったと思うんだ。たくさんの若者たちが蹴鞠をして楽しんでたみたいだし、豊かな畑と、なんか変わった生きもの・・アルパカ? とかいう馬より小さいやつを飼ってたみたいだし。
・・・ アステカの連中は、江戸の民のように、皆素直で、あまり人を疑うことをしない民だったんだ・・・
そこに、紅毛人がたくさんやってきた。え・・・エスパニョル? とかいう国が、アステカを滅ぼしてしまった・・・
ケツァルは、なんでお江戸に来たのかな?
日の本の国も、気をつけた方がいいって言いたかったのかな、なんて思うんだ。
おいら、もう少し時間が経ったら、碧眼、白い肌の連中が、アステカにしたようなことを日の本にもしようとするんじゃないか、心配になってきたよ」
「そうしたら、あたいらもその白い奴らが連れてくる神に追い出されて、ケツァルのように、魑魅魍魎となってしまうのかしら・・・」
「お岩ちゃん、そんなことにならないように、一生懸命神修行しましょ。あの鬼子母神様のように。鬼子母神様は、天竺ではそれはそれは恐れられた悪魔だったらしいわよ! 」
そうね、当面、それしかなさそうね。
そのとき、又蔵が陰で見ていることにお岩らは気がつかなかった。
「・・・ なんと、裸のお岩、九尾の狐と、なにやら黒い蛇で羽の生えた化け物が戦っている。
とんでもねぇもん、見ちまった・・・ お岩ちゃんたち、人外のものかぇ・・・ つい石礫を蛇野郎に投げて、九尾の狐を助けちまったが・・・ 」
☆
「文吉、で、お岩さんらがいなくなったのは、どの辺りでぃ? 」
「ええ、親分に言われてついてったんですが・・・ 四谷見附を抜けて、このあたりのお武家屋敷街なんでさぁ・・・ あの男の子、ずっと『油揚げが喰いてぇ』だのなんだのと歌っててさ・・・ 見失ったのは、ちょうどこの稲荷神社で・・・ 」
「・・・ そうけぃ。ありがとよ、文吉、もういいや。・・・ すくねぇけどよ、これで一杯やってくんな」
「へい! ありがとうごぜぇやすっ! 」
文吉、小金を持ってすっ飛んでいった。おおかた、あの蕎麦屋にでも飲みに行くんだろう。
ほう、ここか。鳥居に、「田宮神社」と墨書のある額が飾ってある。
昨日、『神のたたかい』を覗いちまった。お岩さんとあの狐たち、そして真黒なおっかない神様がお江戸と日の本の国を守ってくれたことは、腑に落ちた。夢というには現実感にあふれ、妄想として片付けることはできなかった。
江戸の民の一人として、感謝の言葉をささげようと思った。
俺の住まう神田近くの豆腐屋でたくさん油揚げを買い入れ、賽銭箱の上にそっと置き、祈りをささげた。
お岩さん、ありがとよ。法師人は斬首を免れねえだろうが、小伝馬町の牢屋敷にずっととどめ置かれるよりは、さっさと首を切られる方がよほどマシだよ。
あのあと、法師人の医院の床から、源斎先生の亡骸が出てきちまったよ。これも法師人の仕業にされちまうな、あの蛇野郎じゃなくて。
不思議なことはさ、俺一人の胸にしまいこんでおくよ。もっとも、お上にしゃべったってキチガイ扱いされるだけだろうがな。
・・・ お岩ちゃんの裸をみちまったが、神様のことだ、許しておくれよな? さすが神様、どんな女よりきれいだったぜぃ。
☆
えええええ!!!!!裸をみただぁあああ?!
馬鹿言うんじゃねぇよ!!天罰だっ!天罰だっ!! 伊右ヱ門さん(注: 生前の旦那さんの名前)だってそんなに見てない裸だよ! おふざけじゃないよ!!
左娘がたしなめる。
「こらこら、それは『大人げない』っつうんだよ。そもそもだよ? なんで又蔵親分、霊体のときのお岩ちゃんが見れたのさ? 」
あ、そうか・・・ あのとき、あたいらは『神モード』だったのに。
「でしょ? 普通の人間には見えないはずなのよ。でもね、特別な感情、愛情、肉親の絆とか、そういったものがある人間と霊は、交信可能なのよ。
・・・ 親分さん、あんたを特別に気にかけてたのかもね」
がくーん
あたいは、親分さんの前では、お清、お綾と同じく、若い生娘の姿で現れていたんだ。ピュアーなあたいの姿を記憶にとどめてもらうだけで、良しとしようか。
礫の又蔵親分、いろいろとお世話になりました。
あたいらは、これでお別れです。
大量の油揚げをいただいて右坊、左娘は大喜びだが、できれば次はお賽銭を・・・




