減点パパ
頑固じいさんと頑固娘のちょっとした事件の後、参拝に来るものもなく、わが社はヒマムードがあふれている。
日が照っていると暑いくらいだが、木陰の風がひんやり気持ちよく、こくん、こくんといねむりするにはとてもいい気候だ。ライトもレフティも、昼間はほとんど居眠りしている。
お日様も傾いてきて、空の色が橙色になってきたとき・・・
赤いランドセルを背負った、小学4年生か5年生くらいの女の子が、やってきた。
パンパン! 柏手を打つと
「神さま! パパに新しい仕事がみつかりますように! 」
あたいは、女の子の心をさっと読んだ。近くに来た人の心は、ある程度読むことができるのだ。
そうか、お父さん、失業中なんだ。・・・って、今のお願いのまんまか。
「お賽銭、あげたいけど、うち貧乏だから・・ 冷蔵庫から、油揚げもってきました。お稲荷さんって油揚げ好物でしょ? 」
左右「「油揚げぇ?!!! 」」
ライトとレフティ、同時に叫んだ。もちろん、女の子は気付かない。
女の子はちょこんと頭を下げると、お社から出て行った。
「『タイムサービス』ってシール貼ってあるけど、2枚あるね。よかったね、ライト、レフティ! 」
右「うれしいよぉ! うれしいよぉ!」
左「早く食べましょ! 」
「あれ、この油揚げ、賞味期限は昨日までみたいだけど・・・ 食べる前に、今の女の子のお願い、どうする? 」
右「うれしいよぉ!うれしいよぉ!]
だめだこりゃ。ライトは聞く耳持たない。
左「手伝ってあげてもいいけど、油揚げ食べてから。」
レフティは女の子、ライトより現実的だ。
あたいは、油揚げ超ラブなキツネ2匹に賞味期限切れの油揚げを分け与えながら、おごそかに宣言した。
「食べたら、後を追うからね!」
☆
ほら!行くよ! 油揚げを完食したキツネ2匹の尻を叩いた。あの娘の後を追うのよ!
・・・ きつねって、犬と同じように、鼻がきくのかしら?
くんかくんかくんか くんかくんかくんか
くんかくんかくんか くんかくんかくんか
2匹はそろって鼻をひくひくさせながら、歩いて行く。あー、キツネってやっぱり犬の親戚なんだわ。
右「あ! 今食べた油揚げのにおいがする! 」
左「わかりやすいわね! こっちよ! 」
この2匹、油揚げ以外のにおいは区別できるのだろうか・・・
しばらく、くんかくんか歩きをしていると2匹ともピタッと立ち止り、両耳と長いしっぽがぴんっと立った。
右左「「ここだ! 」」
ここ新宿区Y谷あたりでもすっかり少なくなった、昭和臭ぷんぷんの木造アパートだ。あの女の子が、竹ぼうきで落ち葉をかきあつめている。
がりり、がりり。
「さっちゃん、いつもお掃除、ありがとね。」
「おばちゃん、お帰りー。」
ふーん、感心、感心。今時、こうしたお手伝いをする子も珍しい。
そのとき、黒ぶち眼鏡をかけ、よれよれのスーツの貧相なおじさんがやってきた。
「パパ! お帰りなさい!」
「さちこ、ただいま。」
「今日の面接、どうだった?」
「んー、だめだった。」
「・・・ そう、また明日頑張ればいいじゃない?」
「はは、そうだな。」
「あのね、パパ。ほら、近所に『怖い』って言う神社あるじゃない? 怖いってことは、力も強いと思って、その神社に、油揚げお供えして、パパが早く就職先みつかりますようにってお願いしてきたの。だから、今晩はプレーンのお味噌汁なの。」
「プレーン? あ、具なしか。いいよ、いいよ。さちこと一緒だと、なんでも美味しいよ。」
「ママも早く一緒に食べれるようになると、いいのにな。」
母親は病気で入院中のようだ。
右「おっとりまったりだね。」
左「・・・ ふんだりけったりでしょ。」
よくないことは立て続けに起こることはよくあることですが・・・ それにしても、このあたいが怖いって何ごとよ。
「レフティちゃん、ライトくん、どうする? あのお父さんの仕事見つけてあげるの、ハードル高いわよ。」
左「そうねえ・・・。優しいだけが取り柄みたいだもんねぇ。」
右「優しいといけないの? ねえ、なんで? 」
左「ダメなわけじゃないんだけどね。仕事って、優しさだけじゃだめなのよ。」
右「ええ? おいら、わかんないや。寝てていい?」
「お父さん明日、面接って言ってたわよね。ついて行こうか。」
左「そうね。」
右「すぅ・・・ すぅ・・・」
ライト、ほんとに寝ちゃったわ。
☆
翌朝、あたいとレフティは、あのアパートの前で、しょぼいお父さんが出てくるのを待っていた。
アパートのほの暗い玄関から、よれよれスーツのお父さんが出てきた。うしろから、さちこちゃんが声をかける。
「パパ! よく見せようとしちゃだめよ! リラックス、リラックス! 自分のいいところをアピールして、理解してもらいなよ! 」
「ああ、パパ頑張るよ。」
よく見せようとせずに、いいところをアピール? ちょっと矛盾してるかもしれないが、彼女なりに一生懸命、励まそうとしてるんだろう。
ぶんぶんと手をふるさっちゃんをアパートに残し、しょぼくれお父さんの後をついて行く妙齢のイイ女(和風)のあたいと、女狐(白)。
左「ロックちゃん、今、ひっかかる言い方で私のこと呼ばなかった? 」
大通りに出ると、交差点の信号を渡ろうとしている。お父さんがとぼとぼと横断歩道を渡りだした。正面信号がちかちかして、赤信号に変わった。
お父さん、ちょっとあわてて渡り切ろうとしたところ、前におじいさんがとぼとぼ歩いている。そこへ、大きなトラックが勢いよくカーブを曲がってきて、大きなクラクションをヒステリックに鳴らす。
パァーパァーパァー!!!!
「あぶなああい!!! 」
お父さん、かつてないほどの瞬発力でおじいさんに飛びかかると、背中を抱えるようにして対岸の歩道になだれ込んだ。間一髪、トラックが交差点を通過していく。運ちゃんの捨て台詞付きで。「死にてぇのか、くそじじぃ! 引き殺すぞばぁあああかっ! 」
「大丈夫ですか?」 と、お父さん。
「何をするんじゃあ! 」と、じいさん、持っていたステッキでお父さんの頭をはたく。
「いたい! ひ、ひどいじゃないですか! 」
「ひどいのは、きさまの方だ! 年寄りを突き飛ばすとは、どういう料簡じゃ! 」
「え、いや。だって、あのままだと、トラックにひかれてましたよ? 」
「いいわけするんじゃない! わしがトラックにひかれるわけなぞない! 人を突き飛ばして、怪我をしたらどうするつもりじゃ! 」
「・・・え、いや・・・その・・・ たしかに、突き飛ばしたのは間違いありません。すみませんでした。しかし・・・ 」
「それであやまっているつもりか! きさま、いい歳して、ナニごとじゃ!●▲■○・・・ 」
じいさんは、ぷんぷん怒って、お父さんを叱り続ける。なんで、きちんと反論しないのだろう? 自分の主張ができないんだろう・・・?
「こんなんじゃ、面接、思いやられるわね。」
左「・・・ 善人もほどほどにしないとね。減点1! 」
偏屈じいさんにようやく解放され、歩きだすお父さん。
左手の腕時計をちらりと見ると、びくん! と体が脈打った気がしたと思ったら、ダダァーっと駆けだした。どうやら面接の時間が迫っているらしい。
「レフティちゃん、急ぐよ!」
左「あぁもう! もっと余裕もって家を出なさいよ! 減点2! 」