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ウチの式神セーラー猫又ちゃんの忠義が重すぎて、異世界で俺の子孫を繁栄させようとしてくるんだが

作者: 黒おーじ
掲載日:2026/09/08


 かつて妖怪大戦争すら沈めた退魔の名門、鴉丸《からすま》家。


「いらっしゃいませー」


 その最後の末裔である俺は、ショッピングモールでモップを握っていた。


 そう。


 あらゆる困難が科学で解決するこの令和の時代……


 妖怪や悪霊の棲《す》む闇なんてほとんど消えてしまっていた。


 もはや霊能力はカネにもならない。


 そんなことはガキの頃からわかっていたから、勉強して大学へ行き、そこそこ良い会社に入りはしたんだけどねー。


 結局なじめず5年でヤメてしまった。


 それからはずっとバイトで生計を立てている。


 時給は970円で、内容はモール内の清掃だった。


「鴉丸くん、上がっていいよ」


 社員の人がそう言うので、俺は「どうもー」とあいさつしてバックヤードへ足を向けた。


 はぁ……


 正直バイトで毎月の生活費を稼ぎ続けるのはキツイ。


 このまま年だけ取っていくのかと考えると、ちょっと落ち込む。


 でも幸い、住むところだけは家を相続していたから、そこはマジ助かっているんだけどね。


 ――スポポポポポ……


 俺は原チャリで山道を登り、一軒の古い屋敷の前で停まった。


 これが俺んちである。


 同時に、鴉丸家最後の財産だ。


「ただいまー」


 と言って玄関を開けるが返答はない。


 この屋敷に一人暮らしだからな。


 俺は鍵を閉め、カバンを放ると、冷蔵庫から炭酸水を取り出して居間へ向かった。


「〇谷はまたホームランかぁ」


 だだっ広い居間。


 疲れた身体で座椅子にもたれ、テレビのチャンネルを回す。


 そんな時だ。


「……」


 誰もいないはずの部屋の隅に、ふと気配を感じた。


「誰だッ!」


「あ、ええと、その……」


 振り返ると、そこにはセーラー服を着たおかっぱ頭の少女が立っていた。


「ここは鴉丸家でよかったでしょうか……ニャ?」


 しかし、その頭には猫の耳が生え、プリーツスカートのお尻からもふわふわな尻尾が生えている。


「いかにもそうだけれど……アンタは、猫又か?」


「はい」


 返事をすると猫耳がぴょこんと伏せる。


「へえ。妖怪なんて久しぶりだなあ。で、なあに? かたき討ちか?」


 俺が指先に霊力を集めると、猫又はあわてて言った。


「にゃあっ!? ち、違います! 私は清十郎さまの式神で、聡子と言います。決して逆らいませんニャー」


 なんかビビり散らしている。


 少なくとも敵意はなさそうだが……清十郎?


 名前にピンときた俺は、隣の部屋の和室の押入れを開き、一つの巻物を引っ張りだした。


 代々伝わる家系図である。


「ええと、俺の親父の、親父の、そのまた親父……」


 清十郎は、俺のひいじいさんにあたった。


 そうだ。


 たしか、俺が生まれる前に『異なる次元の世界』へ行って、そのまま帰って来なかったひいじいさんがいるって聞いた覚えがあったな。


「あなたが現在の鴉丸家ご当主ですか? にゃ?」


「そうだ。ここの玲斗《れいと》ってのが俺だよ」


 俺は巻物の一番最後に書かれた名前を指す。


「お世継ぎは?」


「いない。独身だからな」


 猫又は「ニャ……」と考え込むと、こう続けた。


「それでは申し上げます。この度……清十郎さまが異世界の地でお亡くなりになりました」


「……はあ? つーか、今まで生きてたのか?」


「はい。享年103歳ですニャ」


 すげえ。


「葬式とかある?」


「いらないと言っておられましたが、ささやかながらお墓を作りました。ご案内いたしますニャ」


「ああ。頼む」


 セーラー服姿の猫又――聡子は、しっぽをひるがえすと、屋根裏へ続く梯子の下へ向かった。


 そこは普段、古い座布団やら壊れた掃除機やらを突っ込んでいる物置同然の空間だ。


「こちらですニャ」


 聡子はそう言って、俺がずっとただの板壁だと思っていた、なんでもない場所に指をかける。


 ――ズズ、ズズズズ……


 板壁は、何食わぬ顔で横へ滑っていった。


 その向こうには真っ暗な洞窟のような場所が見える。


「……この屋敷にこんな謎空間があったんだな」


 俺は玄関からクツを持ってくると、そーっと足を踏み入れた。


「どっかに繋がってんの?」


「すでにここは異世界です。あちらから外へ出られますニャ」


 たしかに、向こうの岩壁が薄ぼんやりと照らされている。


 そんな洞窟空間を抜けると、そこは陽の光にあふれた野原であった。


「うーん、たしかに異世界のようだな……」


 そう。


 家の外はすでに夜だったはずだが、ここはどう見てもまっ昼間だ。


 草木も日本のものとは微妙に違う。


 それに……


 心なしか霊力が湧き出る感じがした。


「のどかな野原だな」


「にゃー」


 スペースは小さく、辺りは森に囲まれている。


 そんな感じのイイ野原のはじっこに、ちょこんとお墓らしきものがあった。


 小さな石に、黄色い花がお供えされている。


 俺たちは二人並んで手を合わせた。


「清十郎さま……」


 となりの猫又は、少しさびしそうに見えた。


 家系図の中の名前でしかなかったひいじいさんだけれど……


 ちゃんとここで生きて、死んだのだ。


 そんな実感が腹に落ちた気がする。


「ありがとう。ひいじいさんのお墓、お前が作ってくれたんだな」


「にゃー……」


 そう言っておかっぱ頭をサラサラと撫でてやる。


 聡子は目を細めていたが、それでも尻尾の先だけは、少し元気なく揺れていた。


「猫又……聡子だっけ? お前、これからどーすんの?」


「私は鴉丸一族の式神ですニャ。清十郎さまが亡くなった以上、主《あるじ》は現当主。どうかお仕えさせてください……」


「俺かぁ」


「ニャ……ダメですか?」


「いや……」


 ダメじゃないんだけどな。


 猫又は超強力な式神である。


 それだけに『幻想』の余地がない現代日本へ連れて帰っても、長くは存在を保てない可能性もあった。


 実際、妖怪なんて近ごろとんと見ない。


 じゃあ……


 俺もひいじいさんみたいに異世界で暮らしてみるか?


 日本じゃ退魔師なんてもう商売にもならないし、モールの床を磨く代わりならいくらでもいる。


 少なくともこの異世界は、聡子が存在できるような幻想の余地があるらしいし。


 なんなら、俺のうだつのあがらねー人生だって、やり直せるかもしれない。


「にゃにゃッ! そうです。元の世界でモテなかったとしても……子孫を残すことはこちらの世界でもできます。鴉丸家存続のため、私も全力でお手伝いたしますニャ!」


「も……モテないって決めつけんなよ!」


 そーゆうやり直しじゃねーわ。


 ただ……


「それじゃ鴉丸の屋敷が維持できないってとこがネックだな」


「ニャ……」


 そんなふうに、まだ答えの出ないことを考えていた時だ。


 ――ドーン……!!


 ふいに、低く大きな音と、地面の揺れを感じた。


「なッ、地震か?」


 いや、違う。


 妖気……のようなモノを感じる。


「近いぞ。あっちだ!」


「にゃー!」


 俺は妖気の方へ駆けていった。


 すると、森の木々を超える巨大なトカゲみたいなのが見える。


「なんだあの妖怪は……」


「あれはこの世界の魔物、グリーン・ドラゴンですニャ」


 ドラゴンか……


 確かに妖怪とは毛色が違う。


 さらに近寄ると、そのドラゴンの前に、人が立っているのが見えた。


 槍を持った金髪の女で、ぴっちりとした水着型アーマーを装備している。


 まるでファンタジー系のRPGの戦士のようだ。


「あの女は?」


「おそらく冒険者ですニャ」


 どういう職なのかはよくわからんが、プロか。


 しかし……


「マズいな」


 女は必死に槍を振っているが、ドラゴンの身体があまりにデカすぎだ。


 攻撃が通っている気配が、ほとんどない。


「なんで逃げないんだ?」


「ニャ……ヤツは足も速い。逃げだせばすぐにやられてしまいますニャ」


「そうか。やれやれ……」


 俺はため息をついた。


 異形のモノとの戦闘なんて小学生の時の悪霊退治以来だな。


 なまってねえといいけど。


「おい! こっちだブサイク野郎!」


 俺は道へ飛び出して、怒鳴った。


 ドラゴンの背中が、怒気で膨らんでゆくのが見える。


「なっ……よせッ!! 巻き込まれるぞ!」


 槍を持った女が叫ぶ。


 一方で、ドラゴンの鼻先がゆっくりとこちらを向き、大きな口を開けた。


 ――グオオオオ……!


「へえ、頭悪そうなのに悪口言ってんのはわかるんだな」


 俺はそう言うと、指先に霊力を集めた。


 同時に、ドラゴンの大きな牙が襲いかかって来る。


「玲斗さま……! 避けてニャ!」


 避けない。


 ドラゴンの牙は、俺の頭上でピタリと止まってしまったからだ。


 ――グ、グオ……?


「無駄だよ。結界だ」


 頭上に展開した霊力の盾。


 ヤツにはそれが見えないようだ。


「オマエに恨みはないが……人を襲うんじゃしょうがない」


 俺はポッケから悠々と財布を取り出し、一枚の護符を出すと、敵へ向けた。


「禍津、祓え!」


 次の瞬間、ドラゴンの巨体が宙に浮いた。


 ――ブオオオオッン……!!


 それはすぐさま数十メートル後方へ吹っ飛んでいき、森の木々をメキメキとなぎ倒してゆく。


 後にはパラパラ……と砂ぼこりだけが舞っている。


「なッ……!?」


 振り返ると、槍を持った勇ましい女がぽかんと口を開けていた。



 ◇



「やっぱり、霊力が増幅しているな……」


 俺は砂ぼこりの向こうを見ながら、指先に残った霊力を軽く払った。


 ドラゴンの存在力は完全に消えている。


「わー! スゴイにゃ! 玲斗さま!!」


 ばんざいするセーラー服の聡子。


 ……ふふ、可愛いヤツ。


「ちょっと疲れたわ。とりあえず日本に帰ろう」


「にゃー!」


 現代日本でもすぐに聡子の存在力が消えてしまうということはないだろう。


 俺は聡子と手を繋いで、野原の方へ足を向けた。


「ちょ、ちょっと待て……!」


 だが、その時。


 槍を持った女が割って入ってきた。


 さっきドラゴンと対峙していた女だ。


「な……なあに?」


「私はライラ、冒険者だ」


 水着型のアーマーに、勇ましく割れた腹筋がミチミチと映っている。


 改めて見ると、ずいぶんファンタジックな出で立ちだな。


「そなた……名は?」


「え、ええと。玲斗だけど……」


 苗字は省略し、名前だけ答える。


 金髪の前髪の下で、青い瞳がこちらを睨みつけてきた。


 美人だが武人ッけがある。


 なんか怒られそうだ。


「あの……すいませ……」


「礼を言う。ただいまの見事なうでまえ、素晴らしかった」


「は? あ、い……いや」


 ちょっとビビっただけに拍子抜けする。


「そ、それよりキミ……ケガはない?」


「うむ、助かったぞ。まさかグリーン・ドラゴンが出るなどとは思わなかったからな」


 ひょっとしたらお節介かと思ったが、助かったんだったらよかった。


「よかったね。じゃあ、気をつけて」


「……待たれよ」


 俺が去ろうとすると、再び肩をつかまれる。


「レイトさま。あのドラゴンの骸(むくろ)はどうするおつもりだ」


 骸?


 そんなのが残るのか?


 妖怪や悪霊は、妖力が消えれば消滅したもんだが……


「悪いけど遠くから来たからさ。魔物ってのの性質を知らないんだ」


「それほどの腕を持ちながら魔物を知らないのか……?」


 ライラは少し考え込むが、「いや、詮索はよそう」と続けた。


「ならば、もしよろしければ、私があのドラゴンを解体し、魔石を取り出しておいてもよいぞ」


 えー、大変そう。


「解体って……やった方がいいん?」


「うむ。強力な魔物の遺骸を放置すれば、また新たな魔物の発生源になってしまう」


 マジか。


 そりゃ厄介だな。


「それに、ドラゴン種の魔石なら高く買い取ってもらえるだろう。もちろん、売ったお金はヤツを倒したレイトさまのものだ」


 お金……!?


 と、貧乏性で飛び上がりそうになるが、抑える。


「じゃ……じゃあ、悪いけどお願いしようかな」


「まかせてくれ。ニ、三時間で済むと思う」


「そんなすぐにできちゃうん?」


「ああ。解体が済んだらイールの街まで売りに行くが……よかったら一緒に行こう。案内するぞ」


 異世界の街か。


 興味はある。


 この世界にどれほどの文明があるのか。


 俺みたいな現代人でも暮らしていけるのか確かめるにはちょうどいい。


 明日はバイトもねーし。


「うん。連れていってくれると助かるな」


「うむ、承った!」


 こうして握手をすると、ライラは筋肉をまとったお尻をぷりっとさせながら去っていった。



 ◇



 ライラがドラゴンの解体をしてくれると言うので、俺と聡子はひとまず日本の屋敷へ帰った。


 異世界では昼間だったが、俺は一日バイトした後で、こっちはもう夜。


 さすがに少し仮眠を取った。


「よし、聡子。行くぞ……」


「にゃーん……zzz」


 起きないので、スカートから出ているしっぽをつかんで「おい、聡子」と揺さぶる。


「きゃー! 玲斗さまのエッチ!」


 あ、そうなん?


「悪い悪い。だけど起きてくれ。そろそろ異世界へ戻るぞ」


 そう言って、また梯子したの物置空間から、次元を超えていく。


 野原からさきほどドラゴンが出現した道の方へでると、骨になったドラゴンに腰掛ける女戦士が、遠くで槍を掲げた。


 俺も大きく手を振る。


「……玲斗さま」


 ふと、聡子が服の裾を引いて来た。


「あの女性(ひと)はどうですか?」


「え……? 別に大丈夫だろ。俺なんか騙してもカネはねえし、魔石を持ち逃げしたいならもういなくなっているはずだ」


「ニャぁ……そうではなく、妻のおひとりにいかがですか?」


「は?」


 思わず素っ頓狂な声がでる。


「若く、健康的です。いっぱい産めそうですニャ」


「オマエ、唐突だな」


 俺はため息をついて言う。


「結婚なんてのは、互いに気が合って、好きになって、恋人になって……それで覚悟がついたらするもんだろ?」


「……にゃーん。すべてが自分の生まれた世界と同じだと思わない方がいいですニャ」


「どういうことだ?」


「この世界で『恋愛』や『アベック』の様式を前提している人間なんて貴族の一部のみです。玲斗さまが言うようにしていたら、いつまでたっても妻ができず……ひいては鴉丸家の断絶となりますニャ」


 アベックって、昭和かよ……と思ったが、妖怪だからしかたあるまい。


「それとも、好みではありませんか?」


「いや、そんなことはねーよ」


 ライラはちょっと無骨な戦士に見えるが、親切だし、美人だ。


「でも……」


「にゃ?」


「……今はオマエさえいてくれればいいわ」


 そう言って、ネコ耳のおかっぱ頭をなでると、さっさと歩き始めた。


「そんな……」


「え?」


「残念ながら私では子を産めません……」


 そーいうんじゃねえよ!


「鴉丸家の最後のご当主がロリコンだったニャんて……」


 後ろでまだブツブツいっている聡子を無視して、俺はドラゴンの骨の方へスタスタと歩いていった。


「ごめんな。待ってた?」


「いいや。今終わったばかりだ」


 ライラはドラゴンの骨から尻を降ろし、堂々とした胸の前にルビー色の大きな石を出した。


「それが魔石?」


「うむ。街へ行けばギルドが買い取ってくれるだろう」


 たしかに、ただの石ではないな。


 妖気とも霊気とも言えないオーラを感じる。


「街までどれくらいかかるんだっけ?」


「近道をする。運が良ければ今日中にイールの街に到着するぞ」


 そういうワケで出発だ。


 林中を先にゆくライラ。


 ブルマ型のアーマーの尻がぴっちりとしている。


 鬱蒼とした森で時おり葉陰から強く漏れる陽の光が、筋肉で張り詰めた女戦士の太ももとふくらはぎと、その間の膝の裏の筋のハッキリとした形を印象的に映していた。


「玲斗さま……」


「ああ」


 俺は聡子と目を合わせた。


 妖気のような気配……


 ――ギャアアアス……!!


 案の定、魔物だ。


 コウモリ型で人間サイズほどの巨大なヤツ。


 それも三匹いる。


「チッ、厄介な……祓ッ!」


 俺はとっさに指を向け、霊力を放つ。


 護符を使わないぶん威力が低いが、幸い一匹は堕とした。


 あと二匹は……?


「やぁ!」


 そう思って振り返ると、ライラが流麗な槍さばきで、巨大コウモリを一匹、二匹と打ち堕としていた。


 ――ギョエエエ……!!


「コウモリバットか。骸は放っておいてよいだろう」


 そう言って、ライラはまたスタスタと森を歩いていく。


「……ライラ。けっこうスゴイんだな」


「そなたには到底及ばぬが……一応、このあたりの冒険者には遅れをとったことはない」


 その言葉通り、彼女の森での動きは堂に入っていた。


 道を阻む草木を槍先で上手にどけ、魔物があらわれれば撃退し、方位も決して見失わない。


 やがて陽が沈みかけてきた頃……


 木々の間に潜むようにして佇む、美しい泉に行きあたる。


「すまない。今日中にはイールの街へ着きそうもない」


「しょうがないさ」


 と言うのも、魔物との遭遇のほかに、盗賊らしき集団に襲われたのがかなり時間を喰ったのだった。


 それもライラが対処して事なきを得たんだけどね。


「じゃあ今日はここで野宿する?」


「夜の森を進むのは危険だからな。先に泉で汗を流してくるがよい」


「ありがとう。聡子、行くぞ」


「ニャッ……!?」


 俺は逃げ出そうとする聡子を抱えて、泉で水浴びに行った。


「ふにゃーん……」


「よしよし」


 戻ってくるとあたりは暗くなり始めていた。


 ライラはすでに焚火を起こし、鍋にメシを作っている。


「大したものではないが食べてくれ」


「わー、ありがとう!」


「にゃー!」


 俺と聡子はライラから椀を受け取ると、ガツガツ食い始める。


「では、私は泉へ行ってくる」


 ライラは髪留めをほどき、歩いていった。


「しまった。ドライヤーがないな」


 俺は聡子の濡れた髪を摘まんで言う。


「ニャ。大丈夫です。焚火で乾きます」


「風邪は……妖怪はひかないか」


 こうしておかっぱ頭をなでていると、聡子は火の光にしだいと目がうつらうつらとし、しまいには眠ってしまった。


「……戻ったぞ」


 しばらくしてライラが水浴びから帰ってくる。


「やけに遅かったね」


「石鹸をおろしたからな。髪も洗ってきた」


 まだ結っていない濡れた金髪から、シャボンの香りがフワリと漂ってくる。


「……ん? どうしたん?」


 ライラは、しかし、俺の脇にやって来て立ったままジっとこちらを見るのみであった。


「座らないの?」


「……折り入って頼みがある」


 そこでようやく彼女は膝をついた。


「頼み? なんだよ」


「そなたに、抱いてほしいのだ」


「なっ……!?」


 ライラは深々と頭を下げている。


 なんだこれ?


「ライラ……俺のこと好きなの?」


「す……き?」


 青い瞳をぱちくりとさせて首をかしげるライラ。


「好きだ。嫌いなワケはないだろう」


「そういうことじゃなくて……カレシとかいないん?」


「誰のことだ? いきなり『彼』と言われてもわからないぞ」


 なんか話が通じない。


 そう言えば聡子がそんなこと言ってたな……。


「……すまない。私に女としての魅力を感じないというのであれば無理にとは言わない」


「そ、そういうワケじゃねーよ!」


 俺はあわてて叫ぶ。


「ならば是非とも頼む」


「でも、なんで俺に……?」


「うむ。私はこれでもこのあたりでは最も強い冒険者だからな。私よりも強い男は見たことがないし、男たちも私を恐れ、目をそらすばかりだ」


 確かに、ライラは強い。


 単純な戦闘能力もなかなかなものだし、なにより実戦値が高い。


 それは森での一日でよくわかった。


「しかし、そなたは強い。私を恐れず、目もそらさない……というより、時おりケダモノのような視線を感じることもあった」


 ケダモノって(汗)


 そーかもしれんが、言いすぎだろ!


「どうか、よろしく頼む」


 ライラはまた、膝をついて深々と頭を下げた。


 俺はため息をつく。


 そして、女の乳房を右手でむんずと掴んでみせた。


 ムニュっとした張りと重量感がある。


「……っ」


 頭を下げていた女戦士が顔を上げたので、俺はそのまま薄ピンクいろの唇を、唇でふさいだ。



 ◇



 ――チュンチュン……


 朝だ。


 俺たちは再びイールの街へ向かって歩きだした。


 聡子が「にゃーん」と可愛らしくシャツの裾を引いて言う。


「……昨夜はお楽しみでしたね」


 宿屋か!


 しかし、コイツも言っていたけれど、妻かあ。


 別に俺は鴉丸家の存続に躍起になる気持ちはねーけど……


 こういうコトになった以上、責任取る他ねえな。


「む、なんだ?」


 ジッと見ているとライラが怪訝な顔をするので、「いや、別に……」と顔をそらす。


 正直、悪い気はしなかった。


 ちょっと勇ましいが、美人だし、親切な子だ。


 いろいろとスっとばしちゃったけど、一緒になって後悔はない。


「着いたぞ」


 そうこう考えていると、イールの街に着く。


 思った以上に近かった。


 ひょっとするとライラはあの泉で必要はない野営を営んだのかもしれない。


 そんな勘ぐりも俺の心を浮かれさせた。


 さて、イールの街並みは、中世ヨーロッパと古代ローマを足して2で割ったような雰囲気の街だった。


 石畳、馬車、噴水、甲高い声の子供たち、町娘……


 時おり、正規の兵士には見えないが武装した連中と何度かすれ違う。


 あれが冒険者らしい。


 そんな連中が多く集まるレンガ造りの施設へ、ライラは俺たちを案内した。


「お疲れ様です。冒険者ギルドへようこそ」


 職員らしき女が受付をしていて、イカツいヤツらが背中を丸めて何か相談をしている。


 紙やペン、ランプよりは性能の良さそうな灯り……


 文明レベルは思ったほど低くはなさそうだ。


「わあ、すごい魔石ですね!」


 俺たちの番が回ると、職員はそう声をあげた。


「グリーン・ドラゴンがあらわれたんだ」


「え? ベールの森に? 下位種とは言え、ドラゴンですよ!? ライラさんが倒したんですか?」


「まさか。やったのはこちらの御仁だ」


「はあ?」


 受付は俺の顔を見つめ、首をかしげた。


「それほど強そうには見えないんですけれど……」


「なっ! 人は見た目で判断できんのだ!」


 つーか、ライラも俺の見た目は弱そうって思ってたのか……


「またまた。ライラさんが倒したんでしょう?」


「……ったく。とにかく、魔石を換金しろ」


「かしこまりました。ええと……この大きさの魔石なら金貨10枚で引き取らせていただきます」


 金貨10枚……!?


 って言っても、どれだけのもんかわかんねーけど。


「ありがとうございました。そちらのお兄さんも、もし冒険者ギルド登録がまだでしたらウチでしてくださいね♪」


 ……強そうじゃなくてもよかったらな。


 施設を出ると、さっそくライラに尋ねる。


「金貨10枚ってどんな価値なんだ?」


「うむ。1枚でおおよそ城の兵士の給料一か月分だな」


 は?


 ってことは、10枚で給料10か月分?


 人の年収に近いカネってことだ。


「冒険者って儲かるんだな?」


「バカ言うな。ドラゴン種など滅多にあらわれないし、これを倒せるパーティなどこの街にはほぼいない」


 そんなもんか。


「それよりも、金貨では何かと不便だ。一枚くらい銅貨や銭貨に両替しておいた方が良いぞ」


 ライラは親切にも両替商も案内してくれた。


 さらに、街で買えるモノを調べておきたかったので尋ねると、衣服屋や武器屋、食品商店街などを一つ一つ案内してくれたのである。


「ありがとう。おかげでこの世界の……街のことをよく知れたよ」


「よかった。もう帰るのか?」


「ああ。それで相談なんだけど……」


 俺はイールの街の出口で立ち止まり、少し緊張気味に続けた。


「ライラ。よかったら、一緒に来てくれ」


「むっ、道を忘れてしまったのか?」


「そ、そうじゃなくて。昨日のこともあったし……お嫁に来て、一緒に暮らさないかって話」


 そう言うが、ライラは少し虚をつかれたような顔で首をかしげるばかりだ。


「……申し出は嬉しいが、私は冒険者だ。誰かの嫁になるなんて考えたこともない」


「で、でも……ダメじゃないんだろ?」


「すまない。仲間もいるのでな」


「そ、そうか……」


「妻が必要ならば相応の身分の家を紹介するぞ? そなたほどの男ならば貴族の家でも遜色ないだろう」


 彼女の表情を見るに、まったく一切の悪気もなかった。


 俺は力が抜けるような気がしながらも、「いや、別にいい。じゃあな」とだけ残し、別れを告げる。


「また街に来たときは会いに来てくれ。仲間も紹介したい」


「あ、ああ……」


 街を出て、しばらく歩いて振り返ると、遠くでライラが大きく手を振っていた。


 俺はため息をついて、手を振り返す。


「ニャ……」


 隣の聡子が、こちらを見上げて言った。


「ひょっとして玲斗さま……モテないんですか?」


 うるせーよ!

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