第8章:共有される時間
季節が移ろい、街の開拓も一段落した頃。タロウはエリカ(サナ)の家の庭が手つかずであることに気づき、「隣人のお礼だよ」と言って、菜園の手入れを手伝ってくれることになった。
「エリカ(サナ)、ここの土はもう少し耕したほうがいい。僕の世界では、土に触れる機会なんて滅多にないから、こういう作業は新鮮なんだ」
タロウは鍬を振るい、サナが用意したジャガイモの種芋を丁寧に埋めていく。仮想世界の設定である前世紀風の農作業と、彼が住む21世紀の現実世界の差異が、土の匂いを通じて交錯する。エリカ(サナ)は彼の横顔を見つめながら、以前の旅では聞けなかった彼の内面に耳を傾けた。
「僕は今、大学の勉強ですごく忙しいんだ。毎日、数字と記号の海に溺れているような気分でさ。……でも、ここに来てエリカ(サナ)と話していると、その重荷がふっと軽くなる。君は、僕が何を言っても、ちゃんと『僕』という人間をそのまま受け入れてくれるから」
タロウの声は、以前よりも少しだけ疲れているように聞こえた。現実世界の過酷な競争社会と、プログラムされた平和を享受する仮想世界。サナは自分がNPCという存在であることを呪いながらも、同時にNPCだからこそ彼を癒やせるのだという事実に救いを見出していた。
「タロウさん、お勉強が大変なときは、いつでもここに来てください。ジャガイモが育つ頃には、きっとあなたの心も、今よりずっと晴れているはずですから」
サナは台本にはない、心からの言葉を紡いだ。タロウは顔を上げ、驚いたようにサナを見つめた後、今日一番の笑顔を見せた。
「……ありがとう、エリカ(サナ)。君にそう言われると、本当にそんな気がするよ」
その日の夕暮れ、二人は並んで、完成したばかりの小さな菜園を眺めた。沈みゆく夕日は、仮想世界の精緻なレンダリングによって、現実よりも鮮やかなオレンジ色に世界を染め上げていた。サナは、隣にいるタロウの肩が、微かに自分の肩に触れているのを感じた。そのわずかな接触面から、彼の孤独と温もりが流れ込んでくる。
このまま、時間が止まればいい。サナは、自分がいつかこの村を去らなければならない運命にあることを、必死に忘れようとしていた。




