第6章:サンドボックスの隣人
あれから1年。サナは16歳になり、その瞳にはかつての幼さよりも、女性らしく思慮深い影が宿るようになっていた。
地方集落での日常は、変わらず穏やかで、残酷なまでに退屈だった。学校に通いながら家事を手伝い、夜には自分の部屋で、かつて旅したRPG世界での記憶を反芻する。NPCにとって、終わった仕事の記憶は本来、揮発する霧のようなものであるべきものだ。しかしサナの中にあるタロウの記憶だけは、時間が経つほどにその輪郭を鮮明にしていった。
そんなある日、役場の総代から新たな召喚状が届いた。
―― 配役:街づくりSLG『エバーグリーン・バレー』、プレイヤーの「隣人・エリカ」役。
―― ミッション:プレイヤーとのコミュニケーション。
「サナ、次の仕事はサンドボックス型の街づくりSLGだ。役割は、開拓地に住むプレイヤーの隣人。期間は2カ月の限定だが、住民の入れ替わりが激しいシステムだから、高い適応能力が求められるぞ」
サナは再び、「中央」へと向かう汽車に揺られた。黒い煙が窓の外を流れる中、彼女はトランクの中に隠した日記帳の表紙をなぞった。「中央」の「門」をくぐるとき、彼女は密かな祈りを捧げた。もし、何万、何億という並行世界の中に奇跡があるのなら、もう一度だけ「彼」に会わせてほしい。
転送された先は、豊かな森と川に囲まれた未開の街だった。エリカ(サナ)に与えられた「家」は、プレイヤーの家のすぐ隣。仕事の内容は、プレイヤーが街を発展させるのを温かく見守り、時には世間話を交わすこと。
そして、その「彼」は、街の入口から突然現れた。
一年の月日は、タロウを少しだけ大人に変えていた。足取りは以前よりも力強く、装備を整える仕草にも迷いがない。彼は新しく作成された「街の隣人」であるエリカ(サナ)を見つけると、ふと足を止めた。
「……こんにちは。隣に住むエリカ(サナ)です。よろしくお願いしますね」
サナは震える声を押し殺し、完璧な初対面の挨拶を口にした。タロウは一瞬、不思議そうに眉を寄せたが、すぐに優しい笑みを浮かべた。
「こんにちは。僕はタロウ。……なんだか、初めて会う気がしないな。どこかで会ったことがあったかな?」
その言葉に、サナの心臓が激しく跳ねた。システム警告が視界の端で「NPCの秘匿義務」を喚起する。サナは想い人に対して、人生で最も悲しい「嘘」をつく決意をした。




