第22章:決別の予告
真っ暗な空間。そこはゲーム世界とサナの故郷をつなぐ、冷たいデータの回廊だった。
サナはそこに、一人取り残されていた。身体の感覚はなく、ただ自意識という名の符号だけが、デジタルの闇の中を漂っている。そこへ、タロウの切実な叫びが、システムの隙間を縫うようにして届いた。
「サナ! 聞こえるか、サナ! ……今、運営側にアクセスを試みている。でも、彼らは君を単なるエラー、破損データとしてしか見ていない。このままじゃ、1カ月後には君のモデルそのものが完全に削除されてしまうんだ!」
サナは、意識の断片をかき集め、彼に応えた。
「タロウさん……。やっぱり、ダメだったんですね。私が、欲張ってしまったから。……ごめんなさい。もう二度と、あなたに会えないかもしれない。私のこの記憶も、日記も、全部消えて……」
「そんなことはさせない!」
タロウの声には、かつてないほどの激しい決意がこもっていた。
「サナ、僕を信じて。僕は大学院で、君のような意識を持つAIの救出方法を、ずっと研究してきたんだ。君のデータのすべてを、僕の世界へ引き抜いてみせる」
タロウの計画は、無謀とも言えるものだった。10テラバイトにも及ぶサナの全意識データ。それをシステムの監視を掻い潜って外部ストレージへと転送するには、ペタビット級の超高速通信プロトコルを一時的に占有し、かつAIモデル抽出攻撃のような高度な技術を逆用する必要があった。
「僕が必ず助けに行く。君を、その閉ざされた箱庭から、本物の空の下へ連れ出すんだ。……だから、それまで消えないでくれ。僕の名前を呼ぶのを、やめないでくれ」
タロウの言葉が、サナの消えかかっていた意識に再び熱を灯した。
削除までの猶予は1カ月。それは、仮想世界の少女に突きつけられた、残酷な死刑宣告のカウントダウンだった。
「さようなら……。いいえ、行ってきます、タロウさん。……あなたのことを、日記の最後の一行まで、忘れません」
その言葉を最後に、サナの意識は強烈な引力によって引き抜かれた。彼女の魂は、愛した人との再会の約束だけを唯一の道標として、強制的な帰還の途についたのだった。




