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魂の越境 第1部:プレ・シンギュラリティ  作者: 大神じゅん


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第1章:15歳の召喚状

挿絵(By みてみん)


 サナが15歳を迎えた日の朝、集落のシンボルを冠した「役場」から一通の封書が届いた。それは、村の長である「総代」が「中央」の役人から託された、特別な依頼書だった。サナは高鳴る鼓動を抑えながら役場へと出かけた。


 役場の一番奥にある執務室の重厚な木の扉を叩くと、総代が部屋に招きいれてくれる。


 「サナか。待っていたよ。君に重要な仕事が舞い込んだ」


 総代の部屋は、古い書類と石炭の匂いが立ち込めていた。手渡された上質な紙には、流麗なインクの文字でこう記されていた。


 ―― 配役:王道RPG『ロイヤル・クエスト』、プレイヤーの「幼馴染・マリア」役。

 ―― ミッション:プレイヤーの精神的サポート。


 「幼馴染」という配役は、この世界のNPCにとって名誉ある仕事の一つだ。単なる通行人や商店主とは違い、プレイヤーと最も長い時間を共有し、その感情の揺れ動きに最も近くで寄り添わなければならないからだ。


 「学校で2週間の魔法訓練と戦闘技術の特別講習を受けた後、『中央』へ向かいなさい」


 その日から、サナの過酷な準備期間が始まった。RPGの世界観に合わせ、簡単な治癒魔法の呪文を暗唱し、台本にある何百通りものセリフを記憶した。NPCとしての「正解」を身体に染み込ませる過程は、彼女の自我を抑圧する作業のようでもあった。


 旅立ちの朝。サナは両親に見守られながら、集落の駅に立った。

 ホームに滑り込んできたのは、バルーン型の煙突を持つ重厚な蒸気機関車が引く汽車。乗合馬車の2倍ほどの速さで走るその鋼鉄の怪物は、真っ黒い煤煙を撒き散らしながらサナを未知の領域「中央」へと運んでいく。


 列車の旅は数時間に及んだ。窓の外を流れる風景は、緑豊かな牧草地から、次第に煉瓦造りの巨大な工場や高い煙突が立ち並ぶ灰色の空へと変わっていく。人口10万人を擁する「中央」は、地方集落しか知らないサナにとって、神話の世界のような巨大な迷宮だった。


 中央駅の地下深く。そこには、青白い光を放つ巨大な「門」が鎮座していた。それは仮想世界のデータを、無数の並行世界へと転送するための物理的な境界線だ。


 「次の派遣者、サナ。転送準備に入ってください」


 無機質な案内役の指示に従い、サナは眩しい光の中へと足を踏み入れた。意識データが断片となって、デジタルの海を漂う。一瞬の浮遊感の後、サナの鼻を突いたのは、潮の香りと錆びた鉄の匂いだった。


 そこは、RPG『ロイヤル・クエスト』の始まりの地、アルカディアの村。

 サナが目を開けると、目の前には一人の少年が立っていた。装備はまだ新米そのもので、剣の扱いもどこかぎこちない。だが、その瞳だけは、この仮想世界の空よりも深く、澄んでいた。


 「……あ」


 それが、マリア(サナ)と「タロウ」の出会いだった。サナは反射的に、用意された笑顔を顔に貼り付け、彼に向かって駆け寄った。


 「タロウ! また無茶しようとしてるでしょ? ちゃんと私の言ったこと、聞いてる?」


 その言葉はもちろん、あらかじめ用意されたセリフだ。しかし、タロウが少し驚いたように、そして本当に申し訳なさそうに微笑み返したとき、サナの胸の奥で、どの教科書にも記されていない「予測誤差」が静かに火を灯した。


 15歳の春。サナのNPC人生は第一歩を踏み出した。



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