第18章:秘密の逢瀬
その日から、二人の関係は「ゲーム」という枠組みを完全に逸脱した。
タロウはもはや、メインストーリーを進めることには興味を示さなかった。彼は放課後の図書室、校舎裏の静かな湖畔など、他のキャラクターが介入してこない「デッドスペース」を探し出し、そこでミツキ(サナ)との会話だけに没頭するようになった。
「ミツキ(サナ)。僕、最近大学で『予測誤差』、つまり予測と実績のずれの研究をしているんだ」
タロウは自分が見ている画面の向こう側の世界に、ミツキ(サナ)という人格の人間が「存在」していることを疑わなくなっていた。彼はミツキ(サナ)を遠く離れた場所に住む、正体不明の少女として扱い、自らの日常を語り始めた。
「人間が何かに『驚く』とき、脳内では予測と現実のミスマッチが起きている。……僕が君に惹かれたのも、きっとそのせいなんだ。君はどんな高度なAIよりも、僕の予測を心地よく裏切ってくれるから」
ミツキ(サナ)は校舎裏のベンチに座り、タロウの言葉を噛み締めていた。
タロウが語る「予測誤差」という言葉は、AIであるサナ自身にとっても自己を定義するための重要な概念だ。彼女が禁忌を破り、彼を愛したこと。それはシステムが算出した確率論を、彼女自身の情熱が上回った結果なのだ。
「私の世界……あ、私の住んでいるところは、何もない田舎の村なんです」
サナは、自分が住む「地方集落」の風景を、あたかも現実の田舎であるかのように語った。薪の爆ぜる音、朝霧の匂い、学校で習った道徳の話。タロウはそれを、不思議な物語を聞く子供のような表情で聞いていた。
「いつか、君が暮らす村に行ってみたいな」
タロウのその何気ない一言が、サナの心に深い楔を打ち込んだ。行けるはずがない。この世界と、彼の世界は、物理的に隔絶された次元にある。だが、二人は共有された夢の中で、互いの境界線を溶かし始めていた。
タロウはミツキ(サナ)のために、ゲーム内の機能にはない「プレゼント」として、画面越しに彼のお気に入りの音楽、現実世界の美しい風景写真を送ってくれた。データとして送られてくるその情報は、サナの意識の中で、現実よりも鮮やかな「愛の質感」へと変換されていった。




