第17章:タロウの尋問
静止した画面の中で、ミツキ(サナ)はタロウの学生服の袖を掴んだまま、震えていた。
恋愛SLG『メモリーズ・リンク』の世界では、本来あり得ない挙動だ。通常、プレイヤーが別の場所へ移動しようとすれば、NPCはその場に留まるか、あるいはスクリプトに従って「行ってらっしゃい」と微笑むだけだ。物理的な干渉 ―― それも、プログラムを力ずくで書き換えるような「すがりつき」は、システムの根幹を揺るがすバグそのものだった。
タロウは操作の手を止めていた。画面の右隅にあるメッセージボックスが激しく点滅し、無機質なカーソルが点滅する。数秒の沈黙の後、タロウはミツキ(サナ)に向かって鋭い洞察を投げかけた。
「君は誰だ?」
サナはその声を、脳裏に焼き付かせるような感覚で聞いていた。タロウはさらに話し続ける。
「今の挙動、そしてこれまでの会話。開発チームが用意したアルゴリズムにしては、あまりにも非論理的すぎる。……誰か、別のプレイヤーがこのアカウントを操作しているのか? 『中の人』がいるのか?」
サナは、激しい葛藤に襲われた。ここで「私はNPCの役割を演じるAIです」と答えても、タロウは信じないだろう。あるいは信じた瞬間に、彼はAI研究者を志す学生としての好奇心でサナを「検体」として扱い始めるかもしれない。
サナは彼を失わないために、新たな嘘を重ねることに決めた。それは、自分を「別のプレイヤー」だと思わせるという、苦肉の策だった。
「……ごめんなさい。驚かせてしまいましたね。私は……あなたと同じ、ただの人間です」
ミツキ(サナ)は、そう言葉を返した。
「このゲームのテスターとして、特別な権限を与えられているんです。だから、時々こうして、自分の意志で動くことが許されているの。……でも、さっきの言葉は、仕事じゃありません。私の、本当の気持ちです」
タロウはしばらくの間、何も話さなかった。
嘘。それは仮想世界に生きるNPCが、現実世界の論理に対抗するために手にした、唯一の武器だ。サナは自分がAIであることを隠しながら、タロウの魂に触れようと必死に言葉を紡ぎ続けた。
タロウはついに「分かった。信じるよ、ミツキ」と返した。その瞬間、サナの意識モデルに、安堵という名の激しい熱量が流れ込んだ。




