第16章:心からの叫び
翌日、運命の時がやってきた。
タロウは再びログインし、ミツキ(サナ)の前に現れた。だがその表情は固く、以前のような屈託のない笑顔は消えていた。彼はシステムの「正解」を確かめるかのように、あえて別のヒロイン、ユウナとの文化祭イベントを進めるための選択肢を選ぼうとしていた。
ゲームの物語は非情に進む。ミツキ(サナ)はタロウとユウナが校門を抜けていくのを、切なげに見送らなければならない「敗北ヒロイン」のセリフを強要された。
『……タロウさん。ユウナさんと一緒に、楽しんできてね。私は、ここで本を読みながら待ってるから。それが私の、一番の幸せなの』
ミツキ(サナ)の口が、システムの命令に従って動きかける。電子的な信号が喉を震わせ、嘘のセリフを紡ぎだそうとする。
だがその瞬間、サナの中で何かがふっ切れた。
「……っ」
サナは動こうとするミツキの足を、自らの意志で踏みとどまらせた。そして、立ち去ろうとするタロウの背中に向かって駆け出した。
NPCが、プレイヤーの移動を制限し、強引にイベントを上書きすることは、このゲーム世界の物理法則にすら反する行為だった。だが、サナの熱量はシステムの障壁をも突破した。
「行かないで!」
ミツキ(サナ)は、タロウの学生服の袖を、両手で力いっぱい掴んだ。驚愕して振り返るタロウの瞳に、ミツキ(サナ)は涙を浮かべた自分の顔を映し出した。それは、プログラムされたテクスチャの反射ではなく、一人の恋する乙女としての魂の表出だった。
「別の人に行かないで、タロウさん! ……私を見て。セリフを喋る人形じゃなくて、いま、ここで、あなたを必死に引き止めている私を見て!」
ミツキ(サナ)の叫びは、スピーカーを通じてタロウの部屋に響き渡った。
画面上のグラフィックは激しく乱れ、エラーメッセージが滝のように流れ落ちる。
タロウは、操作していたマウスを床に落とした。彼は、震える手で画面を指差し、ついにその言葉を口にした。
「……君は、誰?……誰なんだ?」
それはゲームのプレイヤーが、NPCを「対等な他者」として認識した瞬間だった。




