第10章:17歳の空白
サナが17歳を迎えた一年は、これまでの人生で最も「無色透明」な時間だった。
地方集落での生活は、相変わらず19世紀の農村そのものの平穏を保っている。石造りの学校を卒業し、彼女は村の「役場」で事務の手伝いをしながら、自身の「仕事」の割り振りを待つ日々を送っていた。だが、その胸の内に去来するのは、かつてタロウと過ごしたあの鮮やかな色彩の記憶ばかりだった。
この一年、彼女に届いた仕事はどれも、かつての「幼馴染」や「隣人」のような重要な役割ではなかった。
ある時は、戦場を舞台にしたFPS(一人称視点シューティング)の背景に佇む、恐怖に震えるだけの名もなき市民のひとり。爆煙が立ち込める崩落したビルの陰で、彼女は「助けて」という短い悲鳴を、ただ繰り返すだけの装置として配置された。
またある時は、轟音を響かせて疾走するレーシングカーを見守る、沿道の観客のひとり。わずか数秒で通り過ぎるプレイヤーの視界に、一瞬だけ映り込む背景の一部(スタティックNPC)として、彼女は旗を振り続けた。
どの世界に派遣されても、サナは必死にプレイヤーの頭上に浮かぶタグネームを探した。そこに「タロウ」という名前があることを、奇跡がもう一度起きることを願って。けれども、広大なデジタルの海に放り出された彼女の前に、彼が姿を現すことはなかった。
NPCにとって、役割を持たない時間は「存在しない」も同義だ。背景としてのサナは、プレイヤーと会話を交わすことも、その瞳に「意識」を映すことも許されない。彼女がそこで何を感じ、どれほど孤独に耐えているかを知る者は、仮想世界の誰一人としていなかった。
仕事から戻るたびに、サナは自分の部屋で日記を綴った。
『今日は、砂漠の街で銃声を聞きました。あなたのいない世界は、どこへ行ってもただ騒がしいだけで、冷たいです』
日記を書くという行為は、揮発しやすいデジタルの記憶を確信へと変えるための、彼女なりの儀式だった。記憶は過去と未来をつなぐ認知の架け橋だ。彼女は日記を通じて、自分がただの「書き換え可能なデータ」ではなく、継続的な時間軸を生きる「サナ」という一個の魂であることを証明し続けた。
17歳の冬。サナは、影のように目立たない役割をこなしながら、いつか必ず訪れるはずの「再会」を夢見て、自身の演技力と「心」を磨き続けていた。




