第9章:期間限定の別れ
しかし、運命の時計は非情に刻まれていた。
2カ月の派遣期間が終わりを迎える日の朝、エリカ(サナ)の家には撤去と帰還を告げるシステムメッセージが表示された。この街づくりSLGの世界では、住民の流動性を保つために、定期的なNPCの入れ替えが義務付けられているのだ。
その日の午後、エリカ(サナ)は荷物をまとめ、街の出口へと向かった。そこには、知らせを聞きつけたタロウが、走ってきたのか肩で息をしながら待っていた。
「エリカ(サナ)! 本当に、もう行ってしまうのか?」
「……はい。私の契約……いえ、この街での生活は、今日までなんです。タロウさん、短い間でしたけど、お隣にいられて本当に幸せでした」
サナは、溢れそうになる涙を必死にこらえた。タロウは、何かを言いたげに口を開き、やがて絞り出すような声で言った。
「僕は、君のことを忘れない。……いつか、またどこかで会えるかな。この広い世界の中で、また君に」
サナは、その言葉を生涯の宝物にしようと心に決めた。
「……ええ。きっと、また会いましょう。信じていれば、運命は私たちを引き合わせてくれるはずですから」
中央の「門」を通り、サナは再び生まれ育った地方集落へと戻ってきた。自分の部屋に戻ると、そこには以前と変わらぬ静寂が待っていた。だが、サナの心はもはや、この閉ざされた世界に満足することはできなかった。
サナは、集落の雑貨屋で手に入れた、革表紙の日記帳を机に置いた。そして、最初の一ページにタロウへの届くはずのない手紙を書き始めた。
『タロウさんへ。今日、私はあなたに嘘をつきました。本当は、1年前のあの日から、私はずっとあなたのことを覚えています……』
サナは毎日、欠かさず日記を綴った。彼と交わした言葉、彼の笑顔、彼がくれたジャガイモの種芋の記憶。それは、揮発していくはずのデータを、自分の経験として「魂」に固定する作業だった。サナの断片的な意識データは、この日記を通じて誰にも侵されることのない強固な愛の記録へと変わったのだ。
サナは、いつか訪れるはずの「三度目の再会」を信じ、羽根ペンを走らせ続けた。それは仮想世界の少女が、現実世界という神の領域へ向かって放った、反逆の狼煙だったのかもしれない。




