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EP 6

兵糧攻め――現代の『幹事長』メソッド

昭和11年2月27日。

帝都・東京を覆う雪は、昨日流された血の匂いを吸い込み、どこまでも冷たく凍りついていた。

荻外荘の書斎。重厚なマホガニーの机には、ストーブの熱気と、幸隆が吹かす強いタバコの煙が淀んでいる。

歴史の教科書でしか知らなかった「クーデターの翌日」というヒリヒリとした絶望的な空気の中、幸隆の頭脳は、現代の永田町にいる時以上に冷徹に冴え渡っていた。

「……結城ゆうき

「は、はい。公爵閣下」

昨夜、暗殺者の襲撃から辛くも生き延びた若き秘書官・結城が、緊張した面持ちで直立不動の姿勢をとる。

つい数時間前まで震えて泣きそうだったこの青年は、幸隆の「異常な手腕」を目の当たりにしたことで、恐怖と同時に、一種の強烈な『畏敬の念』を抱き始めていた。

「大蔵省(現在の財務省)の主計局長と、日本銀行の理事クラスに極秘で連絡を取れ。『次期総理からの至急の頼みがある』とな。断るようなら、組閣後の予算編成で彼らの省庁の予算を『完全に干す』と伝えろ」

「お、大蔵省と日銀ですか……? 承知いたしました。しかし、一体何を……?」

「『郷田重吉ごうだ じゅうきち中将』の息の根を止める」

幸隆は、机の上に広げられた帝国陸軍の人事録をトントンと指先で叩いた。

昨夜の暗殺者が吐いた黒幕、郷田中将。

彼について結城が集めさせた資料を読み解くうちに、幸隆はこの男が単なる「私腹を肥やすタヌキ親父」ではないことに気づいていた。

「郷田という男、なかなかに老獪ろうかいだ。決起した青年将校たちの『国を憂う純粋な狂気』を巧みに煽り、自分は安全圏から彼らを操っている。そして、軍の機密費や大陸の利権を横領し、それを『活動資金』として過激派にバラ撒くことで、自らの絶対的な権力基盤(派閥)を築き上げている」

幸隆はコーヒーを一口すすり、冷酷な三白眼を細めた。

「軍部という巨大な暴力装置の中で、狂犬どもを手懐ける『餌』……つまり『カネ』を握っている男だ。こいつを軍法会議で裁こうとしたり、憲兵隊を動かして物理的に捕縛しようとすれば、必ず郷田の息がかかった部隊が抵抗し、帝都で本格的な内戦が起きる」

「そ、それでは手出しができないではありませんか……!」

「いいや。だからこそ『政治カネ』で殺すんだよ」

幸隆は、ニィッと、野党を壊滅に追い込んできた「最強の幹事長」の極悪な笑みを浮かべた。

「軍隊も派閥も、動かすのは気合や思想じゃない。『兵站ロジスティクス』だ。そして平時における最大の兵站とは『予算』だ。……郷田の財布の紐を、俺が根元から切断する」

結城の背筋に、ゾクリと冷たいものが走った。

「大蔵省の監査権限と、日銀の金融統制をフル稼働させろ。郷田が裏金をプールしているダミー会社、関係する財閥の口座、満州への送金ルート……今日中にすべて『凍結』し、差し押さえろ。一切の資金移動を禁ずる」

「口座の……凍結……!」

結城は息を呑んだ。

物理的な弾圧ではなく、国家の「システム」そのものを使った完全な包囲網。

「カネの流れが止まれば、狂犬たちに配る餌はなくなる。青年将校たちはすぐに『郷田が自分たちを見捨てて資金を絶った』と疑心暗鬼に陥り、組織は内側から瓦解する。……俺がいた時代セカイじゃ、これを『兵糧攻め(干す)』って言うんだよ」

幸隆の言葉は、熱を帯びた軍人たちの精神論とは対極にある、あまりにも冷たく、そして絶対的な「暴力」だった。

結城は理解した。目の前にいるのは、優雅な貴族などではない。

国家という巨大な歯車を回し、合法的に政敵をすり潰す「怪物」なのだと。

(……このお方なら、本当に軍部を出し抜き、この狂った日本を救えるかもしれない……!)

結城の目に、もはや迷いはなかった。

「直ちに! 大蔵省と日銀に、閣下の『大命』をお伝えしてまいります!」

結城が踵を返し、部屋を飛び出していく。

その頼もしくなった背中を見送りながら、幸隆は新しいチェリーに火を点けた。

「さあ、郷田中将。お前の血肉カネが干からびていくのを、特等席で見せてもらおうか」

紫煙の向こう側で、反撃の狼煙が静かに、そして確実に上がっていた。

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