EP 5
蹂躙される赤い波――技術の暴力と空飛ぶ死神
昭和14年(1939年)冬。満州国境・ノモンハン方面。
マイナス三十度の雪原を揺るがすような、地鳴りが響いていた。
地平線を黒く染め上げるのは、スターリンの命令によって差し向けられたソ連極東軍の主力部隊。三十万の赤軍兵士と、数千輌の戦車からなる「赤い波」であった。
「……前進! 前進あるのみ! 資本主義の犬どもを雪原の塵と化せ!!」
ソ連軍の戦車指揮官が、ハッチから身を乗り出して軍刀を振りかざす。
彼らが絶対の自信を持っていたのは、その「数」だけではない。
先頭を進むのは、史実よりも早く実戦投入されたソ連の最新鋭中戦車『T-34(初期型)』の群れだった。被弾経始(弾を弾き返す傾斜装甲)を採用したその分厚い鋼鉄のボディは、当時の日本軍が持つ旧式の大砲では、絶対に貫通できないはずの「走る城塞」であった。
「日本の歩兵の豆鉄砲など恐れるな! そのまま塹壕ごと蹂躙しろ!」
赤軍の戦車隊が、雪煙を上げて日本軍の陣地へと殺到する。
通常の軍隊であれば、この圧倒的な装甲と物量の前にパニックを起こし、雪崩を打って逃げ出す場面である。
だが、日本軍の塹壕に潜む兵士たちの顔に、恐怖や焦りの色は一切なかった。
「……来たな、ヒグマの親玉が」
最新のナイロン製防寒着でぬくぬくと温まった日本軍の小隊長が、ニヤリと笑う。
「よし、対戦車班(バズーカ隊)、前へ!」
小隊長の号令とともに、塹壕から数人の兵士が身を乗り出した。彼らの肩には、鉄パイプのような奇妙な形状の『筒』が担がれていた。
総理・近衛文麿(若林幸隆)が、財閥の工場に極秘で大量生産させていた未来兵器――『試製四式・携行対戦車噴進弾(通称・バズーカ)』である。
「目標、先頭の敵新型戦車! 距離二百! ……撃てェッ!!」
ボシュゥゥゥゥッ!!
兵士の肩の筒から、強烈なバックブラスト(後方爆風)と共に、ロケット弾が発射された。
「……なんだあのオモチャは!? あんな小さな弾で、我がT-34の傾斜装甲が抜けるものか!」
ソ連の戦車長が鼻で笑った直後。
ドゴォォォォォォンッ!!!
ロケット弾がT-34の正面装甲に命中した瞬間、恐るべき現象が起きた。
モンロー/ノイマン効果(成形炸薬)。爆発のエネルギーが「超高温のメタルジェット」となって一点に集中し、ソ連戦車が誇る分厚い鋼鉄の装甲を、まるで熱したナイフでバターを切るように「あっさり」と貫通したのだ。
「なっ……!? ば、馬鹿な! 装甲が溶け……ギャアアアアッ!!」
車内に吹き込んだ数千度のメタルジェットが、搭載された弾薬を誘爆させ、無敵の『T-34』は砲塔を吹き飛ばされながら一瞬で火ダルマとなった。
「次弾装填! どんどん撃て! 総理の差し入れ(弾薬)は腐るほどあるぞ!」
ボシュッ! ボシュゥゥゥンッ!!
塹壕のあちこちから放たれたバズーカの雨が、ソ連軍の戦車大隊を次々と鉄クズに変えていく。歩兵一人が肩に担げる兵器で、最強の戦車がゴミのように破壊される。
「数」と「装甲」を頼りに突撃してきたソ連の戦車兵たちは、未知の技術の前に完全にパニックに陥った。
「た、退却だ! 一旦退いて、後方の野砲で日本の陣地を吹き飛ばせ! 歩兵部隊は雪原に散開して身を隠せ!」
ソ連の指揮官が泣き叫ぶように命令を下す。
だが、大日本帝國の「技術の暴力」は、これだけでは終わらない。
「敵戦車部隊、後退します! 歩兵は雪原に伏せました!」
観測兵からの報告を受けた日本軍の砲兵陣地。
そこで待機していたのは、第四章で八木博士たち『理研』の天才たちが完成させた、もう一つの恐るべき魔法だった。
「よし。全砲門、新型の『信管』をセットしろ。……目標、雪原の敵歩兵部隊。撃てェッ!!」
ズドォォォォォンッ!!
日本軍の陣地から、無数の砲弾がソ連軍の頭上に向かって放たれた。
「フン、無駄だ! 我々には当たらん!」
雪原の窪みに伏せたソ連兵たちは、砲弾の飛ぶ音を聞いて嘲笑った。通常、大砲の弾は「地面に当たってから」爆発する。雪深い雪原に伏せていれば、その被害は最小限に抑えられるはずだった。
しかし。
パァァァァァァァンッ!!!!
日本軍の砲弾は、地面に当たるよりも遥か手前……ソ連兵たちの頭上数メートルの『空中』で、突如として正確に大爆発を起こしたのだ。
「ぎゃああああッ!?」
「空中で……!? な、なぜだ!!」
『近接信管(VT信管)』。
砲弾の先端に極小の「レーダー(電波発信機)」を組み込み、目標物(地面や敵兵)に接近した電波の反射を感知して、自動的に最も殺傷力の高い「空中」で起爆する悪魔の兵器。
通常なら何百発も撃ってようやく当たるかどうかの砲撃が、VT信管によって「百発百中」の空爆(曳火砲撃)へと変貌したのだ。
上空から降り注ぐ無数の鉄片の雨から、隠れる場所などどこにもない。
塹壕や雪の窪みに身を潜めていたソ連兵たちは、文字通り「頭の上から」一方的にすり潰されていった。
「ば、バカな……! なんなのだ、あの日本の兵器は……!! これが、極東の猿の力だと……!?」
ソ連軍の指揮官は、燃え盛る戦車の残骸と、一瞬にして壊滅していく自軍の歩兵たちを前に、膝から崩れ落ちた。
圧倒的な数。
イデオロギーの熱狂。
分厚い鋼鉄の装甲。
スターリンが誇るすべてが、幸隆の用意した『科学と技術のチート』の前に、紙切れのように破り捨てられた。
大日本帝國軍の陣地からは、一人の死傷者も出ていない。それはもはや「戦争」ではなく、圧倒的なテクノロジーによる一方的な「害獣駆除」であった。




