EP 4
情報特高と「東條の猟犬」――透けて見える暗闇
昭和14年(1939年)冬。
満州国境付近、南満州鉄道の主要幹線ルート。
月明かりすら吹雪に遮られる漆黒の闇の中、雪と同化するような白い防寒着を着た数十人の部隊が、音もなく線路に接近していた。
ソ連極東軍が誇る精鋭、パルチザン(遊撃破壊)部隊である。彼らの任務は、日本軍の生命線である鉄道網を爆破し、前線への兵站(補給)を完全に寸断することだった。
「……急げ。ポイントは第4鉄橋の橋脚だ。夜明け前に大量のダイナマイトを仕掛け、始発の軍用列車ごと吹き飛ばす」
隊長のボリスが、凍りつく息を吐きながら部下たちに囁く。
「大日本帝國の兵士たちがどれほど温かい服を着ていようが、補給路を断たれれば数日で飢え凍える。我が赤軍の主力部隊が到着する前に、奴らの首を真綿で絞めてやるのだ」
ボリスはニヤリと笑い、起爆装置の導線を雪に埋め込んだ。
完璧な潜入。誰にも見つかるはずのない、極秘の破壊工作。
彼らが「作戦の成功」を確信し、起爆の合図を送ろうとした、まさにその瞬間だった。
バチィィィィィンッ!!!
突如として、鉄橋の周囲の雪原から、数十台の強烈なサーチライトが一斉に点灯し、パルチザン部隊の姿を白日の下に晒し出した。
「なっ……!? なんだ!?」
「ひ、光!? どこからだ!」
「動くな、赤いネズミ共。……その起爆装置から手を離せ。さもなくば、全員ハチの巣にするぞ」
猛吹雪の向こうから、野太く、そして底冷えするような冷酷な声が響き渡った。
雪原のあちこちに偽装された雪壕から、完全武装した数百人の日本の憲兵たちが、一斉に重機関銃の銃口をボリスたちに向けていた。
「バ、バカな……! なぜ、我々がここを狙うと分かった!? この作戦は、極東軍司令部からの『最高機密暗号』で……!」
「『本日マルサンマルマル(午前3時)、第4鉄橋ニテ爆破工作ヲ決行セヨ』……だろう?」
憲兵たちの陣形が割れ、中央から一人の男が歩み出てきた。
丸眼鏡の奥に、カミソリのように鋭く冷たい光を宿した男。
大日本帝國陸軍・憲兵司令官にして、幸隆の直属の猟犬――東條英機である。
「なぜ、貴様がその暗号文を……!」
ボリスは絶望で顔を青ざめさせた。
「貴様らの暗号など、帝都(東京)の『魔法の箱』にかかれば、新聞のクロスワードパズルよりも簡単に解ける」
東條は、雪を払いながら一枚の報告書を取り出し、無慈悲に読み上げ始めた。
「貴様らの部隊の編成、使用する爆薬の種類、さらには隊長である貴様……ボリス中尉の、モスクワに住む母親の住所まで、すべて私の手元に届いている。……貴様らは、完全に『透けて見える暗闇』を、コソコソと歩いていただけにすぎん」
「あ、ああ……」
情報がすべて筒抜けだった。
自分たちが誇りにしていた「完璧なゲリラ戦術」が、日本軍にとっては「予定調和の舞台劇」でしかなかったという残酷な事実。
ボリスたちパルチザン部隊は、戦う意志を完全にへし折られ、一人、また一人と雪の上に武器を投げ捨てた。
「……引っ立てろ。ソ連の破壊工作部隊は、これで『15部隊目』の全滅だ」
東條が冷徹に命じると、憲兵たちが一斉にソ連兵を拘束していく。
幸隆が創設した『情報特高』。
半導体コンピューターによって解読されたソ連の暗号を元に、東條の憲兵隊が「先回り」してすべての工作を未然に潰す。この恐るべき情報網の前に、ソ連の裏工作は文字通り「赤子扱い」されていた。
◆
同じ頃。帝都・東京、首相官邸。
「ガッハッハ! 総理! 東條の奴、また満州でソ連の破壊工作部隊を一網打尽にしたそうですぞ! これで、奴らの事前の盤外戦術はすべて無力化されましたな!」
外務大臣の吉田茂が、ホットコーヒーをすすりながらご機嫌な様子で報告する。
「当然だ。事前にどこを殴ってくるか分かっている喧嘩ほど、楽なものはない」
幸隆は、暖炉の火がパチパチと爆ぜる暖かい執務室で、ハイライトの煙をふうっと吐き出した。
「兵站(メシと防寒)は完璧。情報(暗号解読)も完璧。……これで、ソ連軍は『目隠し』をされたまま、真冬の雪原を腹ペコで歩かされることになる」
幸隆の三白眼が、窓の外の夜空を見据え、極悪非道な笑みに歪んだ。
「さあ、スターリンの野郎の差し向けた『三十万のヒグマの群れ』が、そろそろ国境に到達する頃だ。……第四章で用意した、最高の『おもちゃ(新兵器)』で、奴らの分厚い装甲を紙切れのように引き裂いてやろうぜ」
情報戦の完全勝利により、後顧の憂いを絶った大日本帝國。
次なる舞台は、いよいよ満州国境の最前線。
圧倒的な「数」で押し寄せるソ連の戦車大隊に対し、幸隆がもたらした「未来の兵器チート」が、容赦のない殺戮の宴を始めようとしていた。




