EP 7
ホノルルへの出航――無敵の機動部隊と「千里眼」
昭和14年(1939年)冬。
太平洋上を、巨大な波を引き裂きながら進む大艦隊があった。
連合艦隊司令長官・山本五十六が率いる、大日本帝國海軍・第一機動部隊。
最新鋭の大型航空母艦『翔鶴』『瑞鶴』を中心に、防空巡洋艦や駆逐艦が完璧な輪形陣(円形の防御陣形)を組み、ハワイ・ホノルル沖へ向けて堂々たる航海を続けていた。
空母の広大な飛行甲板には、第4章で完成した空の王者『十二試艦上戦闘機(改)』――圧倒的な馬力と防弾性能を誇る深緑色の怪物たちが、太陽の光を浴びてズラリと翼を並べている。
「……信じられん。本当に、艦隊の全艦が『無電の封止(無線通信の禁止)』を保ったまま、これほど一糸乱れぬ陣形を維持できるとは」
旗艦『翔鶴』の艦橋で、山本五十六は双眼鏡を下ろし、感嘆の吐息を漏らした。
これまでの海軍の常識では、広大な海上で数十隻の艦艇が正確に連携するためには、頻繁な無線通信か、視界の効く昼間の発光信号に頼るしかなかった。
だが今、第一機動部隊のマストの頂上では、奇妙な形をした金属の骨組みが、ぐるぐると回転し続けている。
八木秀次博士が開発した『八木アンテナ(極超短波レーダー)』である。
「長官! レーダー室より報告! 方位〇・九・〇、距離百五十浬先に、所属不明の航空機一機! 速度からして、ハワイから発進したアメリカ軍の哨戒飛行艇(PBYカタリナ)と思われます!」
通信参謀が、興奮を抑えきれない声で叫んだ。
「百五十浬先だと……? 肉眼では絶対に不可能な距離の敵を、我が軍は『見ている』というのか」
山本は、恐るべきチート技術(千里眼)の威力を前に、身震いした。
「……驚くのはまだ早いぞ、山本」
艦橋の奥から、最高級のトレンチコートを羽織った男が、気怠そうに姿を現した。
内閣総理大臣・近衛文麿(若林幸隆)である。一国のトップが、アメリカ大統領との首脳会談のために、自ら空母に乗艦して最前線へ赴いていたのだ。
「総理。アメリカの哨戒機が、我々を偵察に来たようです。迎撃(追い払い)ますか?」
「いや、放っておけ」
幸隆は、冷たい海風を浴びながら、ハイライトに火を点けた。
「ルーズベルトの野郎は、俺たちが旧式のオンボロ戦艦を数隻引き連れて、ビクビクしながらハワイへやって来るとでも思っているんだろう。……奴らの哨戒機に、俺たちの『本当の姿』をたっぷりと見せつけてやれ」
◆
数時間後。ハワイ・オアフ島、真珠湾。
アメリカ太平洋艦隊の司令部では、偵察から戻ったパイロットの報告を受け、将官たちがパニックに陥っていた。
「……バ、バカな! 日本艦隊の陣形が、完全にこちらを把握した上で組まれているだと!?」
太平洋艦隊司令長官が、報告書をバンバンと叩きつける。
「イエッサー! 奴らは我が軍の哨戒機が接近する遥か前から、対空砲の砲座をこちらに向け、完璧な迎撃態勢を敷いていました! まるで、暗闇の中でこちらだけが懐中電灯で照らされているような……恐ろしい感覚でした!」
「さらに、奴らの空母の甲板に並んでいた新型戦闘機ですが……あれは、我が国のどの戦闘機よりも洗練された、未知の空力デザインをしています。重武装でありながら、あの洗練されたフォルム……もし空で遭遇すれば、我々の戦闘機など一瞬で撃ち落とされるでしょう!」
パイロットの声は、恐怖で震えていた。
「なんだと……? アジアの猿どもが、我々より優れたレーダー(電波探知機)と、新型機を持っているというのか!」
司令長官は、冷や汗を拭いながら、窓の外に停泊している巨大なアメリカ戦艦群を見下ろした。
『大艦巨砲主義』。分厚い装甲と巨大な大砲こそが海の王者であるという、古い常識。
だが、見えない距離から敵を発見し、空から一方的に爆弾の雨を降らせることができる日本の「機動部隊」の概念は、アメリカの誇る巨大戦艦を、ただの「動く巨大な標的」へと変えてしまったのだ。
◆
翌朝。
抜けるような青空の下、ハワイ・ホノルル沖の指定海域。
巨大な星条旗を掲げたアメリカ合衆国大統領専用の重巡洋艦が、周囲を多数の戦艦で固め、威圧するように停泊していた。
そこへ、幸隆を乗せた日本の第一機動部隊が、音もなく、しかし圧倒的な威圧感を放ちながら滑り込んでくる。
マストで不気味に回転し続ける八木アンテナ(レーダー)。
甲板に整然と並ぶ、世界最強の航空機群。
そして、一糸乱れぬ動きでアメリカ艦隊の周囲を包み込むように展開する護衛艦たち。
「……総理。ルーズベルトの乗る重巡洋艦から、会談の準備が整ったと発光信号が来ました。奴らの戦艦の砲身が、かすかに震えているように見えますぞ」
外務大臣の吉田茂が、悪党の笑みを浮かべて葉巻をふかした。
「そりゃあ震えるだろうよ。自分たちが『時代遅れの鉄の棺桶』に乗っていることに、ようやく気がついたんだからな」
幸隆は、海風になびくコートの襟を立て、タバコを海へと弾き飛ばした。
「さあ、吉田。最高に優雅で、最高に残酷なディール(取引)の時間だ。……車椅子の怪物に、誰が新しい世界の神なのか、教えてやろうぜ」
大日本帝國の総理大臣と、超大国アメリカの大統領。
世界の命運を決める、歴史上最大の首脳会談が、今、太平洋のど真ん中で幕を開けた。




