EP 6
丸裸の超大国――盤上の道化師(チート情報戦)
昭和14年(1939年)冬。
帝都・東京、首相官邸の執務室。
「……信じられませんな。本当に、ルーズベルトの野郎の『脳内』が、毎朝こうして新聞のように届けられるとは」
外務大臣の吉田茂が、呆れたような、それでいて底知れぬ歓喜を含んだ声で呟いた。
彼のデスクの上には、理研の地下室に設置された『電子計算機(半導体コンピューター)』が弾き出した、アメリカ国務省と世界中の大使館とを結ぶ最高機密暗号の「完全翻訳レポート」が山積みになっていた。
「総理。ワシントンから重慶(蒋介石)の国民党政府へ向けた、昨晩の極秘電報です。……ルーズベルトの奴、『議会には内密で、スイスのダミー銀行を経由して五千万ドルの軍事支援を行う。これで日本軍を大陸の泥沼に引きずり込め』と指示を出しておりますぞ」
「五千万ドルか。大盤振る舞いだな」
幸隆は、最高級のソファに深く腰掛け、淹れたてのブラックコーヒーを気怠そうにすすった。
史実において、アメリカはこの「裏からの莫大な軍事支援(援蒋ルート)」によって日本を苦しめ続けた。
だが、相手の手札が完全に透けて見えている今、そんな工作は児戯にも等しい。
「吉田。そのダミー銀行の口座番号と、資金の流れの証拠を、アメリカの『孤立主義派(戦争反対派)』の有力上院議員と、ニューヨーク・タイムズの記者に匿名でリークしてやれ」
幸隆の三白眼が、極悪非道な笑みに歪む。
「……なるほど!!」
吉田茂がポンと手を打った。
「現在、アメリカの世論はベアテ嬢の『超・人権宣言』のおかげで完全に日本贔屓。おまけに『ヨーロッパの戦争には関わるな』という空気が支配的です。そんな中、大統領が議会を騙して『外国の戦争に巨額の税金を裏金として流していた』とバレれば……!」
「ルーズベルトは、自国の有権者と議会から一斉射撃を食らう。弾劾裁判モノの大スキャンダルだ」
幸隆は、ハイライトの煙をふうっと吐き出した。
「大統領は、自分が世界を操るゲームマスターだと思い込んでいる。だが、その実態は、自分の手札を全部俺たちに覗き込まれながら必死に踊っているだけの『哀れなピエロ』に過ぎない」
さらに吉田は、別のレポートを手に取った。
「もう一つあります。……イギリスのチャーチルとルーズベルトの間の密約です。いざという時は、米英の太平洋艦隊が協力して、我が国への『石油の海上輸送ルート』を完全封鎖する計画を立てているようですな」
「ご苦労なこった。だが、それももう遅い」
幸隆は鼻で笑った。
第四章でドイツからふんだくった技術の中に、「石炭から石油を精製する技術(人造石油)」の完全なデータが含まれていた。本田宗一郎がエンジンを組んでいる裏で、すでに日本国内には巨大な人造石油プラントが稼働し始めており、日本の「アキレス腱」であったエネルギー問題は、密かに、しかし確実に解決の目処が立っていたのだ。
「武力(兵器の性能)でも、経済(内需)でも、大義名分(世論)でも勝てない。頼みの綱の裏工作も、打つ手すべてが事前に潰される。……ルーズベルトの野郎、今頃ホワイトハウスの執務室で、見えない幽霊の首を絞めようとして発狂しているだろうよ」
幸隆は、デスクの上に置かれた地球儀を、指先でカラカラと回した。
「……そろそろ、潮時だな」
幸隆が立ち上がると、吉田茂もスッと表情を引き締め、くわえていた葉巻を灰皿に置いた。
「ルーズベルトのプライドと精神力は、もうボロボロだ。……これ以上いたぶるのも可哀想だ。直接会って、引導を渡してやろう」
「いよいよですな。首脳会談の舞台は、どこになさいますか?」
吉田の問いに、幸隆は地球儀の『太平洋のど真ん中』を指差した。
「ハワイ・ホノルル沖。……アメリカ太平洋艦隊のド真ん中だ」
「なっ……! 敵の総本山ではありませんか! いくらなんでも危険すぎますぞ!」
吉田が目を見開く。
「危険? 誰にとっての危険だ?」
幸隆は、三白眼に『最強の軍事力』を束ねるトップとしての覇気を漲らせた。
「あの海域に、俺たちが第四章で創り上げた『無敵の機動部隊(空母群)』と、空の王者『十二試艦戦改』をズラリと並べて乗り込んでやるんだ。……ルーズベルトの目の前で、奴らの誇る巨大戦艦が、ただの『時代遅れの鉄の棺桶』に過ぎないという真実(絶望)を、物理的に証明してやる」
世界最強の与党幹事長による、血を流さない世界征服の最終フェーズ。
アメリカの心臓部へ向けた、大日本帝國の堂々たる「凱旋」が、今、決定した。
「吉田。ワシントンへ電報を打て。『極東の平和と、新しき世界秩序の構築のため、合衆国大統領との直接会談を要求する』……とな」




