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EP 5

シリコンの魔法――暗号解読の逆転パープル・クラッシュ

昭和14年(1939年)冬。

帝都・東京、理化学研究所の地下数十メートルに建設された極秘施設。

その重厚な防空扉の奥では、これまでの人類が聞いたことのない、低く、規則的な駆動音が響き渡っていた。

部屋の中央に鎮座するのは、無数の配線と黒い鉱物(ゲルマニウムと初期のシリコン素子)が規則正しく並べられた、巨大な鉄の箱だった。

「……信じられません。総理の仰った通りです。真空管の代わりにこの『半導体素子』を組み込んだことで、計算速度は従来の数千倍。しかも、熱暴走もほとんど起きない……」

白衣姿の八木秀次博士が、震える手で分厚いデータシートを握りしめていた。

傍らでは菊池正士博士ら若き天才たちが、徹夜明けの充血した目で、しかし信じられないほどの熱狂を帯びた顔で「それ」を見つめている。

大日本帝國が世界に先駆けて生み出した、人類初のソリッドステート(固体素子)式・電子計算機。

のちに世界を支配する「コンピューター」の、恐るべき産声であった。

「よくやった、八木博士。……これで、我が国の最大の弱点だった『情報セキュリティ』は、鉄壁の要塞に変わる」

幸隆は、機材の熱気で少し汗ばむ地下室の中で、満足げにブラックコーヒーをすすった。

史実において、日本外務省の最高暗号機『九七式欧文印字機(通称:パープル暗号)』は、アメリカの天才暗号解読班によって完全に丸裸にされていた。日本の外交交渉の手のうちは、真珠湾攻撃の前からすべてルーズベルトに筒抜けだったのだ。

だが、この世界線では違う。

幸隆は、完成したばかりのこの「電子頭脳」を使い、史実のパープル暗号を遥かに凌駕する、乱数とアルゴリズムによる「絶対に解読不可能な新暗号」を瞬時に生成し、全在外公館に再配布を済ませていた。

「我々の手札カードは、もうルーズベルトには見えない。……だが、俺たちがこの『魔法の箱』を作った本当の目的は、盾(防御)じゃない」

幸隆の三白眼が、極悪非道な政治家の光を放つ。

「菊池博士。……例の『傍受した電波』の解析は終わっているな?」

「はい、総理。アメリカ国務省と、在日アメリカ大使館の間で交わされている、最高機密の暗号電文マジックです。奴らの暗号機シガバの構造は複雑怪奇ですが……この電子計算機の『総当たり計算ブルートフォース』の力を持てば、鍵の特定は容易いことでした」

菊池博士が、タイプライターに似た出力機のスイッチを入れる。

ガシャン、ガシャン、ガシャン! と、無機質な音を立てて、一枚の紙が吐き出されてきた。

そこには、暗号化された無意味な文字列ではなく、完璧に翻訳された『明文(英語)』が印字されていた。

同行していた外務大臣の吉田茂が、葉巻をくわえたままその紙を覗き込み、そして、目玉が飛び出んばかりに驚愕した。

「こ、これは……ッ!!」

吉田の手が、小刻みに震える。

印字されていたのは、ワシントンのコーデル・ハル国務長官から、アジアの同盟国へ向けられた極秘の指示書だった。

『……近衛総理の人権宣言により、我が国の世論は完全に日本贔屓に傾き、大統領は激しい頭痛に悩まされている。表立って日本を非難することは、もはや不可能だ。

至急、中国国民党(蒋介石)への裏金(秘密援助)を増額し、大陸で日本軍の泥沼化を誘発せよ。また、イギリス太平洋艦隊と密約を結び、日本の石油ルートの封鎖計画を前倒しで進めるように……』

「総理ッ!! これは、ルーズベルトの野郎の『脳内』そのものですぞ!!」

吉田茂が、歓喜と恐怖の入り混じった叫び声を上げた。

「奴らが裏で何を企み、どこに資金を流し、何に焦っているのか……すべてが、我々の手元に、リアルタイムで印字されてくる! こんな、こんな恐ろしいことがあってたまるか!!」

超大国の最高機密が、日本の地下室でただの「読み物」として消費されている。

これこそが、大砲の数や兵士の精神論など足元にも及ばない、現代戦における「最強の暴力チート」だ。

「……相手の手札カードが全部透けて見えるポーカーほど、つまらないゲームはない」

幸隆は、出力されたルーズベルトの焦燥の証を指先で弾き、悪党全開の笑みを浮かべた。

「だが、カモから全財産をむしり取るには、これ以上ない最高の状況だ。……ルーズベルトの野郎、自分が完全に丸裸にされているとも知らずに、まだテーブルの向こうで偉そうに葉巻を吹かしているんだろうな」

「クックック……。総理、貴方という人は、本当に救いようのない悪魔だ」

吉田茂もまた、腹の底から愉快そうに笑い声を上げた。

「さあ、吉田。ルーズベルトの『隠し事』は全部暴いた。……ここからは、俺たちから首脳会談ディールを申し込む番だ」

幸隆は、白衣の天才科学者たちに深く一礼すると、地下室の重い扉に向かって歩き出した。

「場所は、ハワイ・ホノルルの洋上がいい。……アメリカの太平洋艦隊のど真ん中に、第四章で創り上げた『世界最強の機動部隊』と『空の王者』を連れて、堂々と乗り込んでやる」

大義名分(人権)、技術(兵器)、そして情報(暗号)。

すべての準備を完璧に整えた最強の与党幹事長が、ついに太平洋の怪物・ルーズベルト大統領の首を獲るため、最終決戦の地へと赴く。

大日本帝國の黄金時代を決定づける、史上最大の外交戦ざまぁが、今まさに始まろうとしていた。

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