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EP 4

超・人権宣言とルーズベルトの焦燥――正義の簒奪

昭和14年(1939年)冬。

帝都・東京、帝国議会議事堂。

議場には、日本の議員たちだけでなく、アメリカ、イギリス、フランスなど世界中の特派員ジャーナリストたちがカメラを構え、異様な熱気に包まれていた。

ルーズベルト大統領が裏で糸を引き、「日本は非民主的で野蛮なファシズム国家だ」というネガティブ・キャンペーンが世界中で吹き荒れる中、日本の総理大臣が重大な声明を発表するというのだ。

壇上に立った近衛文麿(若林幸隆)は、フラッシュの瞬く中、全く物怖じすることなく、堂々たる態度でマイクを握った。

「世界中の自由と平等を愛する諸君。……我が大日本帝國は本日、古き悪しき因習を打破し、人類の歴史において最も進歩的な『新・国家基本法(超・人権法案)』を議会で可決したことを宣言する」

幸隆の低く通る声が、議場に響き渡る。

「第一に、性別による一切の差別の撤廃、および『女性の完全なる参政権』の付与」

「第二に、身分および人種、職業による社会的差別の完全なる禁止」

「第三に、国家による徹底した労働者の権利保護と、生存権の保障である」

その瞬間、海外の特派員たちの間にどよめきが走った。

当時の世界基準から見ても、あまりにも急進的すぎる法案だ。女性の参政権すら完全には浸透しておらず、人種差別が合法的にまかり通っていた1930年代において、それは「狂気」に近いほどの理想主義だった。

「総理! それは共産主義の真似事ではないのか!? 大日本帝國は伝統を捨てるのか!」

アメリカの記者が、意地悪な質問を飛ばす。

「伝統とは、人を縛る鎖のことではない。……記者諸君、お手元の英訳された『宣言文ステートメント』を読んでいただきたい。これが、我が国の目指す『真の民主主義』の姿だ」

記者たちが一斉に、配られた美しい装丁の小冊子を開く。

そこには、15歳の天才少女、ベアテ・シロタが、幸隆の与えた現代のロジックと自身の魂を込めて書き上げた、完璧で美しい英語の宣言文が記されていた。

『すべての人間は、生まれながらにして平等であり、等しく尊厳を持つ。国家の真の強さとは、大砲の数ではなく、最も弱い立場の者がいかに自由に笑えるかによって測られるべきである――』

それは、アメリカの独立宣言すらも霞ませるような、圧倒的な知性と人道主義に溢れた名文だった。

六カ国語を操るベアテの紡いだ言葉は、西洋人の論理的思考と感情の「最も柔らかい部分」を的確に撃ち抜く、恐るべき『情報兵器』として完成していたのだ。

「……信じられない。なんて美しい文章だ……」

「これが、野蛮な軍国主義国家の書く声明だと? 我々(アメリカ)の憲法より、よっぽど進んでいて民主的じゃないか!」

海外の記者たちは、ペンを落とし、食い入るようにその宣言文を読み耽った。

   ◆

数日後。

アメリカ、ワシントンD.C.。ホワイトハウスの執務室。

ガシャァァァンッ!!

ルーズベルト大統領は、激しい怒りとともに、デスクの上のコーヒーカップを壁に投げつけた。

「……どういうことだ、ハル長官! なぜ、我が国の首都で、あのアジアの猿(近衛)を讃えるデモ行進が起きているのだッ!!」

車椅子の怪物の顔は、怒りと屈辱で真っ赤に染まっていた。

窓の外、ホワイトハウスの周辺を埋め尽くしているのは、アメリカの女性解放運動の活動家や、公民権を求める黒人の団体、そして進歩的な知識人たちだった。

彼らの掲げるプラカードには『日本を見習え!』『真の民主主義は東洋にある!』と書かれている。

「だ、大統領……。日本の発表した『超・人権法案』と、あの美しすぎる英文のステートメントが、我が国の世論に火をつけてしまったのです」

国務長官のハルが、青ざめた顔で報告する。

「アメリカの女性層が『なぜ日本の女性には完全な権利が認められたのに、私たちはまだ差別されているのか』と激怒しております。さらに、有色人種への平等宣言は、南部のジム・クロウ法(黒人隔離法)に苦しむ人々を熱狂させました。……極めつけは……」

ハルは、一枚の新聞記事を震える手で差し出した。

『ファーストレディ(大統領夫人)、日本の人権宣言を大絶賛!』

「……エレノアまで、あの男の書いた紙切れに騙されたというのかッ!!」

ルーズベルトは、頭を抱えて呻いた。

人権活動家としても知られる自身の妻、エレノア・ルーズベルトまでもが、ラジオ演説で「日本の近衛総理の宣言は、人類の希望の光です」と語ってしまったのだ。

「野蛮な国」という大義名分を作って、日本を経済的・軍事的に叩き潰すはずだった。

しかし幸隆は、アメリカが最も大切にしている「民主主義」と「人権」という土俵で、アメリカ以上の完璧な答えを出し、自国の世論(有権者)を完全に味方につけてしまった。

「……これで、我が国は絶対に日本に手を出せなくなりました。もし今、日本に対して軍事的な威嚇や強硬な制裁を行えば、大統領は『世界で最も進んだ民主主義国家を弾圧する、時代遅れの独裁者』として、次期選挙で確実に落選します……」

ルーズベルトの目の前が、真っ暗に染まる。

大砲でも、戦艦でもない。「ポリコレ(人権)」という目に見えない現代の武器によって、超大国アメリカは完全に手足を縛られたのだ。

   ◆

同じ頃。東京、首相官邸。

「ガッハッハッハ!! 総理! ルーズベルトの奴、今頃ホワイトハウスで泡を吹いて倒れておりますぞ!」

外務大臣の吉田茂が、アメリカの新聞各紙を読みながら、腹を抱えて大笑いしていた。

「他人の国を野蛮だと喚くなら、自分の国の足元(差別)を綺麗にしてから言えってことだ。……ベアテ嬢の文章は、最高の仕事クリティカル・ヒットだったな」

幸隆は、満足げにハイライトの煙を吐き出した。

隣のソファでは、15歳のベアテ・シロタが、照れくさそうに、しかし誇り高く微笑んでいる。

「大義名分のシールドはこれで完成した。奴らはもう、俺たちを悪者にはできない」

幸隆の三白眼が、アメリカの地図を冷酷に見据えた。

「さあ、ここからは攻めの時間だ。……吉田。理研の地下室から、例の『魔法のコンピューター』が完成したと報告が来ている。ルーズベルトの喉元に、致命的なナイフを突き立ててやろうぜ」

情報戦と道徳戦でアメリカを翻弄する幸隆。

大日本帝國は今、無敵の盾を手に入れ、そしていよいよ「最強の情報チート(暗号解読の逆転)」という剣を抜こうとしていた。

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