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EP 3

15歳の天才少女――ベアテの抜擢

その日の午後。

首相官邸の重厚な執務室に、一人の少女がひどく緊張した面持ちで案内されてきた。

「お、お招きいただき、光栄に存じます。近衛総理大臣閣下……」

見事な日本語で一礼したのは、透き通るような白い肌と、知性に溢れた大きな瞳を持つ西洋人の少女だった。

ベアテ・シロタ(当時15歳)。

第三章で、ナチス・ドイツの特使の前で素晴らしいピアノを披露したユダヤ系音楽家、レオ・シロタの一人娘である。

彼女は東京のアメリカンスクールに通いながら、すでに英語、ドイツ語、フランス語、日本語など六カ国語を流暢に操る、圧倒的な語学力と西洋の教養を身につけていた。

「楽にしてくれ、ベアテ嬢。君の父親のピアノには、いつも感銘を受けている」

幸隆は、いつもの威圧感を消し、穏やかな笑みを浮かべて彼女をソファに促した。

「単刀直入に聞く。……君は、この日本という国をどう見ている? 特に、女性の地位について」

一国の総理からの突然の問いに、15歳の少女は一瞬戸惑った。しかし、彼女の芯にある「西洋の進歩的な知性」が、嘘をつくことを許さなかった。

「……とても美しく、安全な国です。ですが……女性にとっては、息苦しい国でもあります。女性には選挙権もなく、結婚すれば財産権も夫に握られる。……アメリカやヨーロッパに比べ、日本の女性はまだ『個人』として尊重されていないと感じます」

冷や汗を流す結城秘書官をよそに、ベアテは一歩も引かずに堂々と答えた。

当時の封建的な日本の価値観を真っ向から否定する、鋭い指摘。

「その通りだ。100点満点の答えだよ」

幸隆は満足げに頷き、彼女の前に、一枚の白紙の束と、最高級の万年筆を差し出した。

「総理……? これは?」

「今日から君を、内閣特別顧問(法務アドバイザー)に任命する」

「……はい!?」

ベアテは、美しい目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。

「俺は今から、この国の古い憲法と法律をぶち壊し、男も女も、身分も一切関係ない、世界で一番自由で平等な『超・人権法案』を可決させる」

幸隆の三白眼に、歴史の重みを知る政治家の真剣な光が宿る。

「だが、日本の官僚が書く堅苦しい法律用語じゃ、海の向こうの連中(アメリカの世論)には響かない。……ベアテ。君の持つ『世界基準の教養』と『完璧な英語』で、この新しい法案の草案ステートメントを書いてくれ。女性の権利、マイノリティの平等、基本的人権。君が理想とする、最高に美しい言葉でな」

史実において、第二次世界大戦後。GHQのメンバーとして来日し、わずか22歳で日本国憲法の『第24条(両性の本質的平等)』を起草することになる、ベアテ・シロタ・ゴードン。

その歴史的な偉業を、幸隆は「大戦が起きる前」に、15歳の彼女に直接依頼したのだ。

「わ、私が……! 一国の法案の、草案を……!?」

「アメリカの偽善者どもが読んで、恥ずかしさのあまり穴に入りたくなるような、最高の人権宣言文にしてくれ。君になら、書けるはずだ」

幸隆の言葉に、ベアテの震えは止まった。

彼女の脳裏に、世界中で虐げられている女性たちの姿と、祖国を追われたユダヤ人としての痛みがフラッシュバックする。

この若き日本の総理大臣は、自分という『個人』の知性を、一人の人間として完璧に信頼してくれているのだ。

「……書きます」

ベアテは、力強く万年筆を握りしめ、幸隆を真っ直ぐに見つめ返した。

「アメリカの女性たちが、思わず日本の総理大臣にラブレターを送りたくなるような……世界で一番美しい『平等の宣言文』を、私が書いてみせます!」

最強の与党幹事長と、15歳の天才少女。

ルーズベルトの「正義のプロパガンダ」を紙切れ一枚で粉砕するための、最強の『文化・情報兵器』の執筆が、首相官邸の奥深くで静かに始まったのである。

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