EP 10
飛翔する大日本帝國――空の王者
昭和14年(1939年)春。
各務原飛行場。抜けるような青空の下、滑走路には異様な緊張感が漂っていた。
「……フン。相変わらず、日本の航空機はツギハギだらけだな」
「機首はドイツのメッサーシュミットの猿真似、胴体はただ細くしただけ。あんな重そうな機体で、まともに飛べるのかね?」
見学席に陣取ったアメリカやイギリスの駐在武官たちが、双眼鏡を覗き込みながらヘラヘラと嘲笑い合っていた。
ルーズベルト大統領からの高関税(経済制裁)を受け、外貨獲得に苦しむはずの日本が、新型戦闘機のテスト飛行を行うという。武官たちは「どうせ大したことはない」と高を括り、極東の島国の哀れな足掻きを見物しに来ていたのだ。
だが、滑走路の傍らで腕を組む近衛総理(若林幸隆)と外務大臣の吉田茂は、そんな列強の嘲笑を、ゴミでも見るような目であしらっていた。
「総理。毛唐どもが、我が国の最高傑作を指差して笑っておりますぞ」
「笑わせておけ。……あれが、奴らの人生で最後の笑顔になる」
幸隆が、短くなったハイライトを灰皿に押し付けた、その時だった。
キュイィィィィン……!
ドロロロロロォォォォォッ!!!
飛行場全体を震わせる、鼓膜を突き破るような爆音。
本田宗一郎が、極限の精度(JIS規格化された最高の部品)でチューンナップし、限界まで馬力を引き上げた魔改造液冷エンジン『DB601』が、産声を上げたのだ。
「な、なんだあのエンジン音は!? 異常なほどの高回転だぞ!」
嘲笑っていたアメリカの武官が、葉巻を落として身を乗り出す。
「……堀越、本田。見せてやれ。俺たちの国の『答え』を」
幸隆が呟くと同時。
『十二試艦上戦闘機(改)』は、ブレーキを解除し、滑走路を蹴り飛ばすような猛烈な加速を開始した。
「は、速いッ! なんだあの加速は!」
「重装甲のはずだろ!? なぜあんなに機体が軽いんだ!」
機体はあっという間にふわりと浮き上がると、常識では考えられないほどの急角度で、天に向かって一直線に突き進んでいく。
堀越二郎が計算し尽くした究極の空力設計が、空気の壁を切り裂き、本田のエンジンの圧倒的な推進力を一ミリたりとも無駄にしない。
キィィィィィィンッ!!
「高度五千メートル到達! タイム、三分三十秒!」
計測係の海軍士官が、震える声で叫んだ。
当時の欧米の主力戦闘機を完全に凌駕する、バケモノのような上昇力だった。
「……バ、バカな。あんな重い液冷エンジンを積んで、あの上昇力だと? 機動力はどうだ! 旋回してみせろ!」
イギリスの武官が、双眼鏡を握りしめながら叫ぶ。
空高く舞い上がった十二試艦戦は、武官たちの要求に応えるかのように、急降下からの恐ろしいG(重力)がかかる急旋回をいともたやすくキメてみせた。
「……信じられない。あんな機動をすれば、普通の機体なら主翼がへし折れるはずだ! 日本の冶金技術は、いつの間にあれほど強靭なジュラルミンを……!」
「職人の勘(手作業)」を捨て、幸隆が莫大な国家予算を投じて全国の町工場にばら撒いた「規格化(JIS)」と「最新工作機械」。
それが、絶対に折れない翼と、一ミリの狂いもない完璧な部品の集合体を創り上げていたのだ。防弾鋼板の重さなど、この機体にとってはハンデですらなかった。
最高時速、六百キロ超。
圧倒的な格闘性能、そしてパイロットを死なせない防弾装備。
空の歴史が、たった今、極東の島国で完全に塗り替えられた。
「あ、ああ……」
アメリカの駐在武官は、真っ青な顔で天を仰ぎ、へたり込んだ。
彼らは悟ったのだ。もし太平洋で戦争になれば、アメリカの戦闘機は、あの「緑色の怪物」の前に手も足も出ず、一方的に狩り尽くされるという残酷な未来を。
「……見事だ。完璧なテスト飛行だったぞ、堀越、本田」
滑走路に降り立ち、オイルまみれになって歓喜の抱擁を交わす二人の天才技術者に、山本五十六が涙ぐみながら拍手を送っている。
「総理」
吉田茂が、呆然と立ち尽くす武官たちを顎でしゃくり、極悪な笑みを浮かべた。
「ルーズベルトの野郎の差し向けた犬どもが、すっかり腰を抜かしておりますぞ」
「当然だ。奴らは今、自分たちが『絶対に勝てない相手』に喧嘩を売ってしまったことを理解したんだからな」
幸隆は、新しく火を点けたタバコの煙をふうっと吐き出し、青空を見上げた。
「軍部(暴力)を躾け、経済を回し、そして科学を手に入れた。……吉田、お膳立てはすべて整ったぞ」
「ええ。いつでもいけますな」
「さあ、ディール(外交交渉)のテーブルをひっくり返してやろうぜ。……ルーズベルトの野郎に、誰が世界のルールを決めているのか、はっきりと教えてやる時間だ」
世界最強の戦闘機を背に、不敵に笑う悪党二人の姿。
「鉄と油の覇権」を握る超大国アメリカと、未来の「情報と技術」を先取りした大日本帝國。
世界大戦という破滅を回避したその先で、新たな世界秩序を決定づける最終決戦の幕が、静かに開こうとしていた。




