表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/36

EP 4

凶刃と実戦合気道

先ほどの青年将校たちを追い返してから数時間後。

すっかり夜の帳が下りた荻外荘は、降りしきる雪の音だけが響く静寂に包まれていた。

「……さて、大命を受けた以上、宮中へ参内さんだいする手はずを整えねばならんな」

幸隆は、書斎のデスクで一人、今後の組閣名簿ターゲットリストの構想を練っていた。

史実通りにいけば、軍部の暴走はさらに加速する。それを止めるには、生温い文官ではなく、強権を発動できる「実務型」の悪党を揃える必要がある。

ふう、とチェリーの煙を吐き出した、その時だった。

カチャリ。

背後の窓ガラスが、極めて静かに、外から外された音がした。

(……来たか)

幸隆は振り返らない。

ただ、手元の灰皿にタバコの灰をトントンと落とすだけだ。

「公爵閣下、天誅!」

押し殺したような、しかし狂気を孕んだ低い声と共に、背後の暗闇から黒い影が躍り出た。

軍部の過激派が放った暗殺者だ。

手には、日本刀を短く詰めたような鋭い短刀が握られ、一直線に幸隆の背中(心臓)へと突き出される。

「閣下ァッ!!」

異変に気づき、部屋に飛び込んできた秘書官が、絶望的な悲鳴を上げた。

刃が近衛文麿の華奢な体に突き刺さる――誰もがそう幻視した瞬間。

スッ……。

幸隆の体は、まるで蜃気楼のようにブレた。

いや、違う。暗殺者の突進の軌道から、半歩だけ「軸」をズラしたのだ。

「な……!?」

空を切った暗殺者が体勢を崩す。

そこへ、幸隆は咥えタバコのまま、ぬらりと手を伸ばした。

近衛文麿の肉体は、たしかにひ弱だ。令和の幸隆が持っていた、分厚い筋肉はない。

だが、幸隆が修めた『合気道』は、筋力で相手をねじ伏せる武術ではない。

相手の「殺意」と「突進力」をそのまま利用し、円の動きで流し、関節を極める実戦の徒手空拳である。

「手首が甘い」

幸隆は、暗殺者の短刀を握る手首をふわりと下から包み込むように掴んだ。

そして、暗殺者自身の突進力に、幸隆自身の体重の移動をほんのわずかに乗せ、捻り上げる。

合気道の基本にして奥義、『小手返し』。

「ガァアアアアアッ!?」

ボキィッ! という鈍い音と共に、暗殺者の手首が不自然な方向に折れ曲がる。

短刀が床に転がり落ちた。

激痛で完全にパニックになり、その場に崩れ落ちようとする暗殺者の襟首を、幸隆は冷酷に掴み上げる。

そのまま足を払い、ドサァッ! と床にうつ伏せに叩きつけた。

一瞬の出来事だった。

タバコの灰が床に落ちるよりも早く、刃物を持った凶悪な暗殺者は、華族の当主によって床に這いつくばらされ、完全に制圧されていた。

「ひっ……あ、あああ……!」

手首を破壊され、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして呻く暗殺者。

「命を狙うなら、もう少しマシな駒を使え。これでは欠伸あくびも出ん」

幸隆は、暗殺者の背中を革靴で冷酷に踏みつけながら、短くなったチェリーの煙をゆっくりと吹きかけた。

その冷酷すぎる横顔を見て、部屋の入り口でへたり込んでいた秘書官は、恐怖と畏敬のあまりガチガチと歯を鳴らした。

(あれが……本当にあの、争い事を避けてばかりいた公爵閣下なのか……!?)

その時である。

床に組み伏せられた暗殺者の懐から、ゴトリ、と重たい金属の塊がこぼれ落ちた。

「……ほう」

幸隆の目が、猛禽類のように鋭く細められる。

それは、日本陸軍が将校用に配備している制式拳銃――『十四年式拳銃』だった。

「なるほど。ただの狂った暴漢ではなく、ちゃんと『背後関係』があるわけだ」

幸隆は、床に落ちた拳銃を拾い上げると、ニヤリと極悪な笑みを浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ