EP 8
半導体の萌芽と「未来への投資」――鉄と油の次なる覇権
昭和13年(1938年)秋。
帝都・東京、文京区にある理化学研究所(理研)の地下深く。
極秘の特別研究室に、当時の日本が誇る最高峰の頭脳たちが集められていた。
「……近衛総理。我々のような基礎研究の学者を、このような物々しい地下室に集めて、一体何のご用件でしょうか?」
警戒したように尋ねたのは、東北帝国大学教授の八木秀次だった。
彼の隣には、大阪帝国大学で原子物理学を研究する菊池正士ら、若き天才学者たちがずらりと並んでいる。
彼らは、世界的な発明や論文を発表しながらも、当時の「大鑑巨砲主義」と「精神論」に染まりきった軍部からは「学者のオモチャなど実戦の役には立たん」と冷遇され、研究費を打ち切られかけていた不遇の天才たちである。
「八木博士。あなたが発明した『八木アンテナ(指向性短波アンテナ)』だが……あれは、電波を使って遠くの飛行機や艦船の居場所を正確に割り出す『レーダー(電波探信儀)』の基礎になるものだな?」
幸隆が、ブラックコーヒーをすすりながら尋ねた。
「なっ……! なぜ、一国の総理がその理論を……!? 陸軍の将軍たちは、暗闇の中で敵を探すなら電波より『兵士の夜目を鍛えろ』と笑って私を追い返したというのに!」
八木が驚愕して身を乗り出す。
史実において、日本軍が八木アンテナを無視した結果、アメリカとイギリスがそれをレーダー兵器として実用化し、のちの太平洋戦争で日本軍は「見えない敵」からの攻撃で壊滅的な打撃を受けることになる。
「夜目を鍛えろ、だと? チンパンジーじゃあるまいし、軍部の馬鹿どもの言うことなど気にするな」
幸隆は鼻で笑い、デスクの上に一枚の分厚いファイルを放り投げた。
「俺は、お前たちをチンパンジーから守るために来た。……お前たちのその『オモチャ』が、数年後、超大国アメリカの巨大戦艦群を海の底に沈める最強の『眼』になるんだ」
幸隆の言葉に、学者たちの顔色が変わった。
「それだけじゃない。菊池博士、そして諸君」
幸隆はホワイトボードの前に立ち、現代の人間であれば誰もが知っている、ある「物質」の名前を書き殴った。
『半導体』。
「は、はんどうたい……? 導体と絶縁体の中間の性質を持つという、あの特殊な鉱物のことですか? それが一体兵器と何の関係が……」
菊池博士が目を丸くする。
「関係大ありだ。今はまだ、複雑な計算や通信には大きくて熱を持つ『真空管』が使われている。だが、真空管は壊れやすく、大きすぎる」
幸隆は、彼ら天才科学者たちの目を見据え、未来の「答え(ゴール)」だけを冷酷に提示した。
「真空管の代わりに、この『半導体』の性質を使って、電流を制御し、増幅させる極小の部品を作れ。……それができれば、部屋一つ分ある巨大な計算機を、机のサイズにまで小型化できる」
「極小の、電子の計算機……! 電流のオンとオフを、0と1の二進法に置き換えて、天文学的な計算を瞬時に行わせると!?」
若き学者が、雷に打たれたように叫んだ。
「その通りだ。これが完成すれば、敵の暗号は一瞬で解読でき、我が軍の放つ砲弾は計算機による完璧な軌道で百発百中になる。……お前たちには、この『電子計算機』と『レーダー』の基礎研究を、ゼロからやってもらう」
幸隆は、彼らの前に、大蔵省の印が押された白紙の小切手(予算書)を叩きつけた。
「軍部の許可はいらん。予算は無制限に出す。……巨大な戦艦を一隻造る金があれば、お前たちの研究室を百個作れるんだ。金も設備も、いくらでも使え」
「そ、総理……!!」
これまで、見向きもされず、冷飯を食わされてきた日本の頭脳たち。
彼らの目に、熱い涙が滲んだ。
自分たちの研究の「本当の価値」を、誰よりも理解し、国家の命運を託してくれた一人の若き総理大臣。
「我々に、やらせてください!! 必ずや、総理の思い描く『電子の頭脳』を、この手で創り上げてみせます!!」
八木博士をはじめとする天才科学者たちが、幸隆に向かって深々と頭を下げた。
◆
数時間後。理研の地下室を後にした幸隆と吉田茂の乗る黒塗りの車内。
「……総理。貴方は本当に、魔法使いか悪魔のどちらかですな」
吉田茂が、呆れたように葉巻の煙をふかした。
「鉄と油(資源)の物量で殴りかかってくるアメリカの巨人を、目に見えない『電波』と『計算機』という未来の土台に引きずり込んで、情報戦で殺す。……ルーズベルトの野郎、自分の足元でどんな恐ろしい牙が研がれているか、想像もしていないでしょうな」
「ルーズベルトは優秀な政治家だが、所詮は1930年代の古い頭だ」
幸隆は、窓の外を流れる帝都の街並みを見つめながら、ハイライトの煙を静かに吐き出した。
政治家は、エンジニアではない。図面を引くことも、半導体を作ることもできない。
だが、歴史の『答え』を知っている政治家が、正しい方向に『無制限の金』を流し込んだ時。
その国は、数十年分の歴史を飛び越えて進化する。
「さあ、頭脳(半導体)の種は蒔いた。……次は、空を制する『最強の剣』が完成する頃だ。本田と堀越の奴ら、そろそろ俺を呼びつけるはずだぞ」
最強の与党幹事長が仕掛ける、アメリカを絶望させるための多重トラップ。
大日本帝國は今、軍事と科学の両面において、世界が震え上がるほどの『超進化』を遂げようとしていた。




