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EP 7

太平洋の向こう側の「怪物」――FDRの警戒

昭和13年(1938年)夏。

アメリカ合衆国、ワシントンD.C.。ホワイトハウス大統領執務室オーバル・オフィス

「……信じがたい報告書だな、ハル長官。東洋の小さな島国が、たった一年でこれほどの『変異』を遂げるとは」

車椅子に深く腰掛けた大男が、トレードマークである長いシガレットホルダーを咥えながら、眉間を深く揉みほぐしていた。

第32代アメリカ合衆国大統領、フランクリン・デラノ・ルーズベルト(FDR)。

恐るべき政治的嗅覚と強権を持ち、のちに第二次世界大戦を勝利に導く「太平洋の向こう側の怪物」である。

国務長官のコーデル・ハルが、苦々しい顔で分厚いレポートを大統領のデスクに置いた。

「はい、大統領ミスター・プレジデント。我が国のロックフェラー財団が満州で莫大な利益を上げているのは事実ですが……問題は、日本『本土』の異常な経済成長です」

ハルは、レポートのグラフを指差した。

「近衛内閣は、国内の工業規格を強引に統一(JIS化)し、ドイツから騙し取った最新の工作機械を末端の工場にまで配備しました。さらに、狂気とも言える労働者の『大幅賃上げ』と『時短』を断行。……結果、日本国内の消費(内需)が爆発的に拡大し、彼らの基礎工業力は今や我が国を猛追する勢いです」

「軍部の暴走を抑えるための、都合の良い『防波堤』だと思っていたが……とんだ食わせ物だったな、あのフミマロ・コノエという貴族は」

ルーズベルトは、氷のように冷たい瞳で窓の外を見た。

「あの男は、軍人(狂犬)なんかじゃない。極めて計算高く、冷酷な『資本主義の悪魔』だ。このまま日本がアジアの巨大な市場を独占し、技術力まで手に入れれば……いずれ我が国のアジアにおける覇権は完全に失われる」

ルーズベルトはシガレットの灰を落とし、極めて冷徹な決断を下した。

「ハル長官。……日本の首に『リード』をつける時が来た」

「と、おっしゃいますと?」

「現在結んでいる『日米通商航海条約』の破棄を通告しろ。そして、日本から輸入される絹織物や工業製品に対して、容赦のない『高関税』をかけろ」

それは、軍事力ではなく、圧倒的なアメリカの巨大市場から日本を締め出すという「経済的兵糧攻め」の宣告であった。

「奴らの経済成長のスピードを、通商の壁でへし折る。……生意気な猿には、誰が世界のルールを決めているのか、はっきりと教えてやらねばならん」

   ◆

数週間後。東京、首相官邸。

「……というわけで、ワシントンのルーズベルトの野郎から、強烈なアッパーカットが飛んできましたぞ」

外務大臣の吉田茂が、額に嫌な汗を浮かべながら、アメリカからの通告書を幸隆のデスクに叩きつけた。

「日米通商航海条約の破棄、および報復関税。……見事なまでの『経済制裁(ブロック経済)』ですな。我が国の輸出品がアメリカで売れなくなれば、外貨が稼げず、順調に回り始めた国内経済にも大打撃だ」

吉田が葉巻を噛み千切らんばかりに苛立つ中、幸隆は、相変わらず退屈そうにコーヒーをすすっていた。

「……総理。ルーズベルトの奴は、我々が満州のアメリカ資本を盾にしているから『武力制裁』はできないと分かった上で、合法的な『関税の壁』で首を絞めに来たのですぞ。少しは焦っていただきたい」

「焦る? なぜだ」

幸隆はフッと笑い、ハイライトに火を点けた。

「ルーズベルトが通商条約を破棄してくることなんて、半年以上前からわかっていたことだ」

「……な、なんですと?」

吉田茂が目を丸くする。

「吉田。俺がなぜ、財閥を脅し上げてまで労働者の給料を上げ、無理やり『内需(国内市場)』を拡大させたと思っている?」

幸隆は立ち上がり、執務室の世界地図を睨みつけた。

「アメリカのような超大国に『輸出』で依存しきっている経済は、相手の胸先三寸(関税)でいつでも殺される。だからこそ、海外にモノを売らなくても、国内だけでカネが回る『強靭な内需』を先に完成させておいたんだ」

「あ……」

吉田茂は、幸隆の恐るべき「先読みの深さ」に戦慄した。この怪物は、アメリカからの経済制裁すらも前提条件として、列島改造を行っていたのだ。

「もちろん、関税をかけられれば一時的に外貨は減る。痛手は痛手だ。……だが、アメリカの嫌がらせ(関税)なんぞ、数年後には『どうでもよくなる』ほどの、とてつもない手札カードを俺たちは切る」

幸隆は、デスクの引き出しの最も奥深くから、極秘のファイルを取り出した。

そこには、大砲でも、戦艦でも、航空機でもない、一見するとただの「石(鉱物)」や「数式」のレポートが挟まれていた。

「……総理。これは?」

「『鉄と油の時代』の、次の覇権だ」

幸隆の三白眼が、未来を見透かすように鋭く光る。

「ルーズベルトの野郎は、まだ『工業力と資源の量』で世界を支配できると信じている。なら、奴らが絶対に追いつけない『次の100年のルール(土俵)』を、大日本帝國が独占してやる」

最強の与党幹事長が次に目を向けたのは、当時の世界中がまだその価値に気づいていない、魔法の技術。

のちに世界を支配する「シリコン(半導体)」と「電子計算機」への、極秘の国家プロジェクトであった。

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