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EP 5

令和の労働基準法(昭和版)と、猟犬の牙

「こ、これは……ッ!?」

叩きつけられた法案の束を見た財閥のトップたちは、目玉が飛び出んばかりに驚愕し、そして青ざめた。

『大日本帝國・新労働基準法』。

そこには、当時の常識を完全に破壊する、狂気としか思えない条項が並んでいた。

「……一日の労働時間は上限八時間。休日は週に二日を義務化。さらに、全労働者の基本給をただちに『倍増』させること……!? ば、馬鹿なッ!!」

三菱のトップが悲鳴を上げる。

「こんな無茶苦茶な法案が通れば、我が国の産業は競争力を失い、企業はすべて倒産してしまいますぞ!! 共産主義者のような真似はおやめください!」

「共産主義? 違うな。俺は『本物の資本主義』を教えてやっているんだよ」

幸隆は、新しく火を点けたハイライトの煙を、彼らの顔に吹きかけた。

「アメリカのヘンリー・フォードを知っているだろう。彼は、自社の自動車工場の労働者に、他社の倍以上の給料を払い、労働時間を短くした。……なぜだかわかるか?」

幸隆は三白眼を細め、極悪な笑みを浮かべる。

「『自分の会社の労働者が、自社の自動車を買えるようにするため』だ。……カネと暇(休み)を与えなければ、大衆は消費者になれない。お前らが安月給で労働者をコキ使って作ったモノは、一体『誰が』買うんだ?」

「そ、それは……海外へ輸出を……」

「外需に頼り切った経済は、関税の壁一つで即死する。俺が作るのは、他国に依存しない、自給自足できる巨大な国内市場(内需)だ」

正論すぎる現代の経済ロジック。

だが、強欲な財閥のトップたちが、そう簡単に既得権益を手放すはずがなかった。

「……近衛総理。いくら貴方の命令でも、これには到底従えませんな。議会の貴族院や政友会にも我々の息のかかった者は多数おります。法案を通すというなら、徹底的に抗戦させてもらいますぞ」

三井の総帥が、開き直ったように凄んだ。

「そうか。お前たちは、俺の『お願い』を聞けないと」

幸隆は、ふうっとため息をつき、吉田茂と顔を見合わせた。

「……出番だぞ、東條」

幸隆が指を鳴らした瞬間。

大広間の襖が勢いよく開き、黒い軍服に身を包んだ帝国陸軍の憲兵たちが、抜身の軍刀と南部十四年式拳銃を構えて雪崩れ込んできた。

「ひっ……! け、憲兵隊!?」

「何事だッ!!」

その中央から、丸眼鏡の奥にカミソリのような冷酷な光を宿した男――憲兵司令官・東條英機が、分厚いファイルの束を抱えて歩み出てきた。

「総理の命により、特捜(特別捜査)任務を完了しております」

東條は、ドサリとファイルをテーブルに投げ出した。

「三井、三菱、住友……各財閥のトップによる、脱税、違法な政治献金、下請けへの不当な圧力、および軍事物資の横流し。……すべての『裏帳簿』と証拠物件の押収が完了いたしました」

「なっ……! なぜ、秘密の帳簿が……!?」

財閥のトップたちは、完全に腰を抜かして床にへたり込んだ。

秘密の隠し場所など、未来の歴史(答え)を知っている幸隆にとっては、カンニングペーパーを見ながらテストを解くようなものだ。

「……さて、選択の時間だ」

幸隆は、震える財閥トップたちを冷酷に見下ろした。

「この場で『新労働基準法』の受け入れにサインし、労働者にカネをバラ撒くか。……それとも、国家反逆罪および経済事犯として、この場で東條の猟犬どもにしょっ引かれ、全財産を没収された上で刑務所の臭い飯を食うか」

「あ……ああ……」

「俺は、国民を豊かにするためなら、手段は一切選ばない」

幸隆の背後に立つ東條英機が、チャキリ、と軍刀の鯉口を切った。

「……さ、サインします!! しますから、命だけは……!!」

大日本帝國の経済を牛耳ってきた巨大な怪物(財閥)が、現代の経済ロジックと「国家権力という名の暴力」の前に、完全にひれ伏した瞬間だった。

かくして、日本は世界に先駆けて「一億総中流化」への第一歩を、強烈なショック療法によって踏み出すこととなったのである。

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