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EP 3

大命降下と、最初の「論破」

「……は? 今、なんと?」

元老・西園寺公望からの使者として荻外荘を訪れた男は、間の抜けた声を上げた。

彼だけでなく、同席していた近衛家の側近たちも全員がポカンと口を開けている。

無理もない。

史実において、この時の近衛文麿は「自分にはとても無理だ」と逃げ回り、使者を大いに困らせるはずだったからだ。

「聞こえなかったか? 『謹んで大命を拝受する』と言ったんだ。すぐに組閣の準備に入る。党内の派閥……いや、この時代なら貴族院と政友会、民政党の主要メンバーのリストを出せ」

幸隆は、新しく持ってこさせた両切りタバコ『チェリー』をふかしながら、極めて事務的に言い放った。

「し、しかし閣下! 今、総理になれば、決起した反乱軍の標的になるやもしれませんぞ!」

「標的? 上等だ。テロリストの顔色を窺って政治がやれるか」

幸隆が鼻で笑い飛ばした、まさにその時だった。

ドカァッ!!

荻外荘の応接室の重厚な扉が、乱暴に蹴り開けられた。

雪にまみれた軍靴の音。ずかずかと土足で踏み込んできたのは、軍刀を下げ、殺気立った陸軍の青年将校たち数名だった。

「近衛公爵!!」

先頭に立つ、血走った目をした大尉が怒鳴り声を上げる。

側近たちが悲鳴を上げて壁際に逃げ惑う中、幸隆だけはソファから一歩も動かず、冷たい目で闖入者たちを見据えた。

「我々、昭和維新の志士は、腐敗した君側の奸を討ち果たした! 次期総理たる公爵閣下におかれては、直ちに戒厳令を布き、我々軍部の総意に基づく『軍部内閣』の樹立を……!」

「うるさい」

幸隆の低く、地を這うような声が、将校の熱弁を断ち切った。

「は……?」

「ここは泥靴で上がり込んでいい場所じゃない。それに、俺のコーヒーが不味くなる。血と泥の臭いをさせて政治に口を出すな、三流が」

その言葉に、将校たちの顔が怒りで朱に染まる。

「きっ、貴様……! 飾り物の貴族風情が、皇軍たる我々を愚弄するか!」

将校の一人が軍刀の柄に手をかけた。

一触即発の空気。

だが、幸隆はゆっくりと立ち上がると、タバコの煙を将校の顔にふうっと吹きかけた。

そして、元・防衛大臣としての冷徹な「ロジック」による蹂躙を開始した。

「『軍の総意』だと? 笑わせるな。お前たちのやっていることは、兵站ロジスティクスを完全に無視したただの暴動だ。帝都の中枢を占拠した気になっているようだが、弾薬の備蓄は何日分ある? 食料の補給線はどう構築した?」

「なっ……! そ、それは……!」

精神論で決起しただけの将校は、急に具体的な軍事用語をぶつけられ、言葉に詰まる。

「第一師団の指揮系統すら掌握しきれていないだろう。補給線を無視した作戦行動など、軍事学の基礎の基礎すら満たしていない。そんな烏合の衆が、どの面を下げて『国家の改造』などとほざくのか」

幸隆は一歩、また一歩と将校たちに歩み寄る。

ひ弱なはずの近衛の体から、歴戦の政治家が纏う圧倒的な覇気と、凄まじいプレッシャーが放たれていた。

「いいか、よく聞け。天皇陛下(大元帥)の統帥権を乱しているのは、他でもないお前たちだ。これ以上の勝手な行動は、反乱軍として完全に鎮圧する。……お前たちの言う『維新』とやらは、今日、俺が終わらせてやる」

幸隆の三白眼に見下ろされた将校たちは、まるで巨大な肉食獣の前に引きずり出されたかのように、ガチガチと歯の根を鳴らして震え始めた。

さっきまでの威勢は完全に消え失せ、冷や汗が滝のように流れ落ちる。

「わかったら……さっさと失せろ。そして上官に伝えろ。『これ以上の無能は容赦しない』と」

「ひっ……! し、失礼でありますッ!!」

耐えきれなくなった将校たちは、弾かれたように回れ右をし、逃げるように荻外荘から去っていった。

嵐が去った応接室。

静まり返る側近たちの中で、幸隆は短くなったチェリーを灰皿に押し付けると、不敵に笑った。

「さて、掃除の時間だ。忙しくなるぞ」

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