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EP 8

独裁者からの最後通牒――中独合作の脅威

昭和12年(1937年)初頭。

帝都を震撼させた石原莞爾のテロ事件は、総理・近衛文麿(幸隆)の強権と暴力によって一夜にして鎮圧された。

石原ら首謀者は秘密裏に予備役へ編入され、国内における幸隆の独裁的とも言える権力基盤は、もはや盤石なものとなっていた。

だが、極東の島国がようやく完全な統制を取り戻したその頃、はるか一万キロ離れたヨーロッパの中心では、世界最凶の独裁者が激しい怒号を響かせていた。

Neinナイン! Nein! Nein!! あの黄色い猿の総理大臣は、我が第三帝国をコケにしたのだ!!」

ドイツ、ベルリン。総統官邸の執務室。

アドルフ・ヒトラーは、顔を真っ赤にして机をバンバンと叩き、口角泡を飛ばしていた。

彼の怒りの原因は、駐日特使から送られてきた屈辱的な報告書だ。

『日本は同盟を拒否。さらに我々が毛嫌いするユダヤ人ピアニストを国賓扱いで歓待し、アーリア人の優位性を公然と侮辱した』。

「総統閣下、お怒りはごもっともです。近衛内閣は、アメリカの拝金主義に魂を売った腐敗政権に過ぎません」

外務大臣のリッベントロップが進み出て、冷酷な笑みを浮かべた。

「奴らに、大ドイツ帝国を敵に回すことの恐ろしさを教えてやりましょう。現在、我が国から中国の蒋介石の元へ派遣している『ファルケンハウゼン軍事顧問団』の規模を、さらに三倍に引き上げるのです」

「……ほう」ヒトラーの目がギラリと光る。

「さらに、最新鋭のクルップ社製野砲、モーゼル小銃、そして1号戦車を惜しみなく中国軍へ供与します。……中国大陸の権益を巡って、日本と蒋介石が小競り合いをしている今、中国軍を『ドイツの最新兵器』で近代化してやれば、日本の軍部は大陸で大出血を強いられることになります」

「ハッハッハ! それは素晴らしい!」

ヒトラーは上機嫌で立ち上がった。

「すぐさま東京へ最後通牒アルティメイタムを送れ! 『我々と同盟を結ばぬのであれば、中国軍を無敵のドイツ軍団に仕立て上げ、貴様らを大陸から駆逐する』とな!」

   ◆

数日後。東京、首相官邸。

「……というわけで、ベルリンのチョビ髭野郎から、絵に描いたような脅迫状が届きましたぞ」

外務大臣の吉田茂は、ドイツからの暗号電報をデスクに放り投げ、いつものように高級葉巻に火を点けた。

「中国に最新兵器の供与、ね」

幸隆は、ブラックコーヒーをすすりながら、退屈そうに電報を一瞥した。

史実において、この時期のドイツは実際に中国国民党軍を強力に支援していた(中独合作)。のちに日本軍は、ドイツ製のヘルメットを被りドイツ製の機関銃を撃ちまくる中国軍の精鋭部隊(チェン・カイシェク直系部隊)に大苦戦を強いられることになる。

「総理。いかがなさるおつもりで? 蒋介石とは『経済とインフラで支配する』という密約を結んだばかりですが、もしドイツからタダで最新兵器の山を積まれれば、中国側の強硬派が再び暴発しかねませんぞ」

吉田が、珍しく片眉を上げて幸隆の顔色を窺う。

「ドイツの武器供与は、確かに厄介だ。兵站が狂う」

幸隆はハイライトを口にくわえ、シュボッとマッチを擦った。

「だが、ヒトラーの野郎は『外交の基本』をわかっちゃいない。脅迫ってのはな、自分の急所にナイフが突き立てられていない安全圏からやるもんだ」

「ほう? つまり、ドイツの急所を突くと?」

「ああ」

幸隆は立ち上がり、執務室の世界地図――ヨーロッパの部分を指差した。

「ドイツの最大の弱点であり、ヒトラーが夜も眠れないほど恐れているもの。それは『二正面作戦』だ。西のイギリス・フランスと戦いながら、東の巨大なソスターリンと同時に戦争になること……これだけは絶対に避けたいはずだ」

「間違いありませんな。だからこそ、奴らは極東の我々と同盟を結び、ソ連を背後から牽制させたがっている」

吉田が深く頷く。

「そうだ。そして俺たちは、すでに最高のカード(手札)を持っているじゃないか」

幸隆の三白眼が、極悪非道な政治家の光を放った。

「吉田。以前でぶっ潰したソ連の天才スパイ『ゾルゲ』から押収した、モスクワとの暗号通信表。そして、満州に引き込んだ『アメリカの巨大資本』の存在。……これらをフルに使って、ドイツに最悪のカウンターを叩き込んでやる」

「……クックック。なるほど。ヒトラーの首根っこを、情報とカネの鎖で締め上げるわけですな。総理の悪党ぶりには、地獄の閻魔様も逃げ出しますぞ」

吉田茂が、腹の底から愉快そうに笑い声を上げた。

「相手は世界最悪の独裁国家だ。遠慮はいらん。徹底的に骨の髄までしゃぶり尽くしてやる」

幸隆は、灰皿にタバコを押し付けた。

武力によるテロを無傷で乗り越えた最強の内閣が、今度はナチス・ドイツという巨大な怪物を相手に、世界中を巻き込む『最悪の詐欺ディール』を仕掛けようとしていた。

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