EP 2
海軍の反逆と、議会での「公開処刑」
昭和11年、冬。
帝都・東京の帝国議会本会議場は、異様な熱気と怒号に包まれていた。
「近衛総理! 貴方は大日本帝國の誇りである新造戦艦の建造を中止し、海軍の弱体化を企てている! これはアメリカを利する売国行為ではないのかッ!!」
演壇で顔を真っ赤にして唾を飛ばしているのは、海軍の「艦隊派(大艦巨砲主義者)」から多額の献金と強力な後押しを受けているベテラン議員だった。
海軍首脳部は、密室での会議で幸隆にコケにされた意趣返しとして、公開の場である議会で総理を吊るし上げ、内閣不信任案まで持ち込もうと目論んでいたのだ。
「そうだ! 巨大戦艦なき海軍など、牙を抜かれた虎も同然!」
「釈明せよ! 弱腰内閣!」
議場には、艦隊派に買収された議員たちからの激しいヤジが飛び交う。
だが、総理大臣席に座る幸隆は、焦るどころか、手元の資料をペラペラと退屈そうにめくりながら、時折ふくみ笑いを漏らしていた。
(……ヤジのレベルが低すぎる。令和の国会の方が、よっぽど陰湿で手強かったぞ)
「……総理! お答えいただきたい!」
議長に促され、幸隆はゆっくりと立ち上がった。
180センチの長身が演壇に向かうだけで、議場を支配していたヤジが、見えない圧力に押されるようにスッと静まり返る。
「お答えする」
幸隆はマイクの前に立ち、原稿を一切見ずに、議場全体を冷酷な三白眼で見渡した。
「質問の議員は『戦艦がなければアメリカに勝てない』と仰った。では逆に問おう。……仮に我が国が18インチ砲を積んだ巨大戦艦を2隻作ったとして、あの圧倒的な工業力を持つアメリカが、同じ規模の戦艦を10隻作ってきたらどうやって勝つつもりだ?」
「なっ……! そ、それは……帝國海軍の練度と大和魂をもってすれば……!」
「出たな、大和魂」
幸隆は鼻で笑い、議場全体に響き渡る声で断言した。
「精神論で鉄の塊の数に対抗できるなら、国家予算はいらん。……いいか、巨大戦艦一隻の建造費は、およそ一億三千万円だ。この莫大な血税があれば、最新鋭の航空機が『千機』以上製造できる。そして、優秀な搭乗員を何百人も育成できる」
幸隆の口から飛び出す具体的な数字の指摘に、質問議員は言葉を失う。
「さきほどの会議でも海軍には伝えたが、今後の海戦の主役は『空』だ。アメリカが何隻巨大戦艦を作ろうが、我々はそれを数百キロ彼方から、数千機の航空機による飽和攻撃(雷撃と急降下爆撃)で沈めればいいだけの話だ。……重くて鈍重なマト(戦艦)の殴り合いに付き合う必要がどこにある」
「ば、馬鹿な! 航空機の豆鉄砲で、分厚い装甲を持った戦艦が沈むはずがない!」
艦隊派の議員が悲鳴のように叫ぶ。当時の常識では、飛行機はあくまで戦艦の「偵察用(補助)」にすぎなかったからだ。
「ならば、専門家に答えてもらおう。……政府参考人、前へ」
幸隆が顎でしゃくると、控室から一人の海軍将官が静かに歩み出てきた。
軍令部の重鎮たちから白眼視されていた航空主兵論の急先鋒、山本五十六少将である。
「海軍航空本部長、山本であります」
山本は演壇に立つと、艦隊派の議員たちを鋭い目で見据え、はっきりと宣言した。
「近衛総理の仰る通りであります。現在、我が海軍の航空技術は日進月歩の進化を遂げており、急降下爆撃および航空魚雷の集中攻撃を受ければ、いかなる不沈艦であろうとも、海の藻屑となることはすでに演習のデータで証明されております」
「や、山本貴様ァッ!! 海軍の面汚しめ!!」
傍聴席に陣取っていた艦隊派の将校たちが怒号を上げる。
だが、幸隆は再びマイクを握り、彼らの怒号を完全に叩き潰す「トドメの一撃」を放った。
「面汚しはどちらだ。時代遅れの大鑑巨砲主義にしがみつき、国民の血税一億三千万円を、ただの『海の上の巨大な標的』につぎ込もうとする貴様らこそ、国賊ではないのかッ!!」
ダンッ!! と。
幸隆が演壇を激しく叩いた音が、議場に響き渡る。
「俺は、一人の兵士も無駄死にさせないために、最も合理的で、最も費用対効果の高い防衛網を構築しているのだ! 古いプライドを捨てきれぬ老害どもは、すっこんでいろ!」
議場は水を打ったように静まり返り、やがて、艦隊派以外の議員たちから、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。
「そうだ! 総理の言う通りだ!」
「無駄遣いをやめろ! 航空機を作れ!」
世論(議場)の空気は完全に決した。
質問に立った議員は膝から崩れ落ち、傍聴席の艦隊派将校たちは、顔を土気色にして逃げるように議場を後にした。
「……見事な答弁であります、総理」
降壇した幸隆に、山本五十六が深い敬意を込めて頭を下げる。
「お前もよく腹を括ったな、山本。今日からお前が海軍の主役だ。航空機と空母の増産、頼んだぞ」
「はっ。命に代えましても」
海軍の古き悪習(巨大戦艦)を、議会という公開の場で完全に葬り去った幸隆。
だが、その光景を議場の片隅から、冷たく、そして底知れぬ暗い瞳で見つめる一人の軍人がいた。
(……おかしい。あの近衛公爵が、あれほど理路整然と未来の戦術を語り、軍部を完膚なきまでに叩き潰すなど……まるで、あの中には別の『怪物』が潜んでいるようだ)
満州事変の首謀者にして、帝国陸軍随一の異端の天才。
石原莞爾中佐。
彼の狂気と天才的な頭脳が、ついに幸隆を排除するための最悪の『罠』を起動させようとしていた。




