第三章 帝国海軍と「日独防共協定(同盟)」
次なる標的は「巨大戦艦」――浮かぶ鉄クズ
昭和11年(1936年)秋。
アメリカ資本の満州誘致というウルトラCによって、日米開戦の危機を「カネの鎖」で封じ込めた近衛内閣。
陸軍の過激派は東條英機の憲兵隊によって大掃除され、国内にはひとときの平穏と好景気が訪れていた。
しかし、最強の与党幹事長・若林幸隆(中身)の目は、すでに次なる国家の「病巣」を正確に見抜いていた。
「……結城。大蔵省が持ってきた、来年度の海軍の予算案だが」
首相官邸の執務室。
幸隆は、デスクに積まれた『マル3計画(第三次海軍軍備補充計画)』と記された極秘ファイルの束を、忌々しそうに指で弾いた。
ハイライトの煙が、書類の山に淀む。
「はっ。海軍省からは、国家予算の数パーセントに匹敵する莫大な建造費の要求が来ております。特に、極秘裏に設計が進められている『十八インチ砲搭載の超弩級戦艦』二隻……のちの『大和』と『武蔵』となる艦の予算が、財政を激しく圧迫しておりまして」
結城秘書官が、重苦しい表情で報告する。
「却下だ」
「……はい?」
幸隆は、短くなったタバコを灰皿でもみ消し、極めて冷淡に言い放った。
「戦艦の建造計画はすべて白紙撤回。予算は一円たりとも通さん」
「そ、総理!? し、しかし、大鑑巨砲主義は海軍の魂です! アメリカの戦艦群に対抗するためには、大和型のような不沈艦が絶対に必要だと、軍令部の重鎮たちが……!」
「魂でアメリカに勝てるなら、軍隊などいらん」
幸隆は鼻で笑った。
「結城、いいか。これからの海戦の主役は、大砲の撃ち合いじゃない。『空』と『海の中』だ」
その日の午後。
幸隆は、海軍大臣や軍令部総長をはじめとする、海軍中枢の提督たちを官邸の大会議室に招集した。
金モールをあしらった軍服に身を包んだ、恰幅の良い「艦隊派(大鑑巨砲主義の推進派)」の将官たちが、円卓にズラリと並んでいる。
その末席には、海軍航空本部長を務める、航空主兵論者の山本五十六の姿もあった。
「……近衛総理。来年度の予算案から、我が海軍の要である新造戦艦の予算が『ゼロ』になっているというのは、何かの間違いですかな?」
艦隊派の重鎮たる大将が、怒りを押し殺した声で尋ねる。
「間違いじゃない。俺が削った」
幸隆は、円卓の上座でブラックコーヒーをすすりながら、ふてぶてしく答えた。
「なっ……! 総理! 帝國海軍を愚弄されるおつもりか! ワシントン海軍軍縮条約が失効する今、アメリカの巨大戦艦群を打ち破るには、それらをアウトレンジから粉砕できる十八インチ主砲を備えた『不沈艦』が不可欠なのですぞ!」
顔を真っ赤にして立ち上がる将官たち。
だが、幸隆は微動だにせず、彼らを「時代遅れの恐竜」を見るような冷酷な三白眼で見据えた。
「アウトレンジだと? 笑わせるな」
幸隆は立ち上がり、背後の黒板に白墨で素早く図を描き始めた。
「大和型の主砲の最大射程が約40キロ。これでも確かに世界一のアウトレンジだ。だがな、お前たちが『補助艦艇』と見下している航空母艦(空母)から飛び立つ、攻撃機や爆撃機の作戦行動半径はどれくらいだ?」
幸隆の問いに、末席にいた山本五十六が、ハッと顔を上げた。
「……200キロ、いや、次期主力機であれば300キロから400キロは優に超えます」
山本が答えると、幸隆は深く頷いた。
「その通りだ。戦艦の主砲が40キロだとして、空母の航空機は400キロ先から攻撃できる。……提督諸君、これがどういう意味かわかるか?」
幸隆は、白墨を黒板のチョーク受けにカツンと放り投げた。
「次の戦争では、大砲の撃ち合いなど起きない。敵の艦隊の姿を見るよりずっと前に、空からの爆撃と雷撃で勝負は決まる。……お前たちの言う誇り高き巨大戦艦は、航空機から見れば、図体がデカくて鈍重な『最高のマト』にすぎん。ただの浮かぶ鉄クズだ」
「鉄、クズだと……ッ!!」
「そんな時代遅れのオモチャに、血税を何割も注ぎ込むような真似は絶対に許さん」
幸隆は、呆然とする艦隊派の提督たちを見下ろし、絶対的な決定事項として宣告した。
「戦艦の建造はすべて中止する。浮いた予算はすべて、空母の増産、最新鋭航空機の開発、そして潜水艦の建造に回せ。……帝國海軍を、根本から『アップデート』してやる」
会議室は、水を打ったような静寂に包まれた。
艦隊派の将官たちは、あまりの屈辱と怒りにわなわなと震え、軍刀の柄を握りしめている。
だが、その中で一人だけ。山本五十六の目だけが、強烈な歓喜と畏敬の光を帯びて、若き総理大臣を見つめていた。
(この総理……海軍の我々よりも遥か先、未来の戦場を、完全に『視て』おられる……!!)
最強の与党幹事長による、大日本帝國海軍の大改革。
だがそれは同時に、プライドを粉々に砕かれた強大な「軍部の闇」との、血で血を洗う暗闘の幕開けでもあった。




