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EP 7

猟犬・東條の粛清――法という名の絶対的暴力

昭和11年5月。北支那(中国北部)、前線陣地。

「少佐殿! 聞こえますか、あの爆音! 帝都からの増援部隊が到着したようです!」

「おおっ! 来たか! やはり近衛内閣も、前線で血を流す我々を見捨てることなどできんのだ!」

夜空を引き裂くような航空機のエンジン音を聞き、市川少佐は歓喜の声を上げた。

彼が独断で中国軍へ発砲(自作自演)してから数日。泥沼の戦闘に引きずり込むための増援が、ついに飛行場へ舞い降りたのだ。

「全軍、敬礼で迎えよ! 我ら大日本帝國の、新たなる英雄の凱旋陣を!」

市川と部下の将校たちは、誇らしげに胸を張り、着陸した輸送機から降りてくる部隊を出迎えた。

だが、タラップから夜の闇に姿を現した兵士たちの異様な出で立ちに、市川の顔からスッと笑みが消えた。

彼らは、通常の歩兵ではなかった。

黒塗りの鉄帽。手には、当時としては極めて希少な輸入物のベルグマン機関短銃サブマシンガン。そして何より、右腕には白地に赤字で『憲兵』と染め抜かれた腕章が巻かれていたのだ。

「け、憲兵隊……? なぜ、前線に憲兵が……?」

ザッ、ザッ、ザッ。

一糸乱れぬ足音と共に、武装した特務憲兵たちが市川たちを半包囲するように展開する。

そして、その奥から、丸眼鏡の奥にカミソリのように冷酷な光を宿した男が、軍刀を下げてゆっくりと歩み出てきた。

「陸軍次官にして憲兵司令官……東條英機少将だ。貴様が、統帥権を干犯した逆賊・市川少佐か」

「と、東條閣下!? ば、馬鹿な、なぜ次官殿が自ら最前線に……っ!」

市川は後ずさりした。軍紀の鬼と呼ばれる男が、直接乗り込んでくるなど想定の範囲外だった。

「逆賊とはご挨拶な! 我々は帝國の威信を守るため、大和魂をもって支那軍の不法射撃に立ち向かっているのです! 牟田口大佐殿の無念を晴らすためにも、今こそ中国大陸を……」

「黙れ。三流の役者が」

東條の低く、絶対零度の声が、市川の熱弁を断ち切った。

「貴様らが空に向けて発砲し、自作自演の戦闘状態を作り出したことは、すでに特高警察と我が憲兵隊の調査で『完全に』裏が取れている。……言い逃れはさせん」

「なっ……!」

「天皇陛下の軍隊を、貴様個人のちっぽけな狂気のために私物化し、総理と軍中央の命令を無視して兵を動かした。これは明らかなる軍紀違反。大日本帝國に対する、最も恥ずべき『反逆行為』である」

東條は、冷徹な手つきで自らの軍刀の鯉口を切った。

チャキリ、という金属音が、静まり返った夜の荒野に響き渡る。

「ち、違います! これは愛国心からの……!」

「愛国心で軍規ルールが破れるなら、軍隊など必要ない!!」

東條の凄まじい一喝に、市川の部下たちは弾かれたように銃を取り落とし、その場に平伏した。

「近衛内閣総理大臣閣下より、全権を委任されている。……市川少佐。貴様を、国家反逆罪および部隊の私物化の容疑で、この場をもって『極刑(銃殺)』に処す」

「ひっ……!? じゅ、銃殺……! 待ってくれ! 私は英雄になるはずなんだ! この国を、強くするために……!」

「法を重んじぬゴミに、大日本帝國は背負えん」

東條が顎でしゃくると、特務憲兵たちが一斉に機関短銃のボルトを引いた。

ジャキッ、という死神の足音が、市川を完全に絶望の淵へと突き落とす。

「や、やめろぉぉぉっ!! 私は、私はァァッ!!」

タァァァンッ!!

夜の北支那に、短い銃声が響き渡った。

自らの手で戦争を起こそうとした狂犬は、本物の「猟犬」の牙によって、歴史の表舞台に名を残すこともなく、無惨にその命を散らした。

   ◆

数時間後。東京、首相官邸。

「……そうですか。東條の奴、本当にやりやがりましたか」

結城秘書官が、現地からの電報を読み上げながら、額の汗をハンカチで拭った。

「ああ。あいつはそういう男だ。実務と法律を与えれば、どんな汚れ仕事でも完璧にこなす。……これで、大陸の火種(癌細胞)は完全に切除できた」

幸隆は、深い革張りのソファに身を沈め、新しく淹れさせたブラックコーヒーの香りを嗅いだ。

軍部の暴走(下克上)という、日本を破滅に導いた最大のシステム・エラー。

それを、現代のシビリアンコントロールと、東條英機という「軍紀の権化」を使い潰すことで、見事に物理的に封じ込めたのだ。

「さて。これで内憂(国内の馬鹿)は片付いた。……次は、外患(世界の列強)を俺の盤面に引きずり込む番だ」

幸隆は、執務室の世界地図を見上げた。

アメリカ、イギリス、ソ連、そして中国の蒋介石。

最強の与党幹事長による、世界を股にかけた『大東亜の再定義チート』が、いよいよ本格的に幕を開けようとしていた

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