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第二章 大東亜共栄圏

新内閣発足と「悪党」たちの集結

昭和11年3月。

帝都を震撼させた未曾有の軍事クーデター『二・二六事件』は、新しく内閣総理大臣の大命を受けた近衛文麿の「圧倒的な政治力(資金凍結とメディア掌握)」によって、一発の銃弾も撃ち合うことなく鎮圧された。

首謀者たちは即座に軍法会議へ送られ、黒幕であった郷田重吉中将をはじめとする腐敗将校たちは、横領の罪で便所掃除などの過酷な労役へと追いやられていた。

「……さて。ゴミ掃除は終わった。ここからは俺の『内閣チーム』を作る番だ」

首相官邸、総理執務室。

分厚いマホガニーのデスクに足を乗せ、幸隆は『チェリー』の煙を深く吸い込んだ。傍らには、すっかり幸隆の腹心として板についた秘書官の結城が、分厚い人事録を抱えて直立不動で控えている。

史実において、この時期の日本の内閣は軍部の顔色を窺う「お友達内閣」や「イエスマンの集まり」になりがちだった。

だが、令和の世で魑魅魍魎の派閥闘争を勝ち抜き、最強の与党幹事長として君臨した幸隆にとって、そんな生温い内閣は反吐が出るほど無価値だ。

「結城。外で待たせている『猟犬』を入れろ」

「はっ!」

結城が重厚な扉を開ける。

ガチャリ、と軍靴の音を響かせ、一人の陸軍将校が隙のない足取りで入室してきた。

丸眼鏡の奥に、剃刀かみそりのように冷たく鋭い光を宿した男――満州の関東憲兵隊司令官から、幸隆の特命で帝都へ急遽呼び戻された、東條英機とうじょう ひでき少将である。

「陸軍少将・東條英機! 総理の命により、只今帰朝いたしました!」

東條は、背筋をピンと伸ばし、完璧な角度で敬礼をした。

その生真面目すぎる態度は、一見すると軍の規律に縛られた堅物に見える。だが幸隆は、この男の本質が「ルールと実務を異常なまでに愛する、極端な官僚主義者」であることを熟知していた。

「よく来たな、東條。満州での郷田派の利権の大掃除、見事だったぞ」

「はっ! 帝國陸軍の軍紀を乱す横領犯など、万死に値します。容赦なく資産を没収し、部隊を解体いたしました!」

「結構。……その徹底した実務能力を評価して、お前を本日の組閣で『陸軍次官』および『憲兵司令官』に任命する」

「なっ……!?」

東條の鉄仮面のような顔に、初めて驚愕の色が浮かんだ。

少将の階級で陸軍の中枢である次官に抜擢されるなど、前代未聞の大出世である。

「軍令や精神論は俺が考える。お前の仕事はたった一つだ。陸軍内で『政治に口を出す馬鹿』や『勝手に戦争を始めようとする馬鹿』が出たら、法と規律の名の元に、お前の権限で完膚なきまでに粛清しろ」

幸隆はデスクから足を下ろし、東條を真っ直ぐに見据えた。

「これは政治のトップ(俺)からの至上命令だ。俺の猟犬として、軍部の首輪の紐を絶対に手放すな。できるか?」

「……っ!!」

東條の体が、微かに震えた。

彼はこれまで、その融通の利かない性格ゆえに軍内部で煙たがられてきた。だが今、目の前にいる国家の最高権力者は、自分の「法への狂信」を最大限に評価し、絶対的な権限(牙)を与えてくれたのだ。

「謹んで……お受けいたします! この東條英機、総理の思い描く『完全なる統制』のため、命に代えましても軍の規律を守り抜いてみせます!!」

深く頭を下げる東條を一瞥し、幸隆は満足げに頷いた。

(よし。これで陸軍の暴走装置は、完全に俺のコントロール下に置いた)

「下がっていいぞ。……結城、次だ。あの『葉巻のジジイ』を入れろ」

東條と入れ替わるように執務室に入ってきたのは、軍人ではない。

仕立ての良いスリーピースのスーツを着込み、ふてぶてしい態度で高級な葉巻をくわえた、恰幅の良い初老の男だった。

「やれやれ。お呼び出しとは恐れ入りますな、公爵閣下」

吉田茂よしだ しげる

かつて外務省でその手腕を振るいながらも、親英米派であったために軍部から嫌われ、歴史の表舞台から干されかけていた「不屈の外交官」である。

「葉巻の灰を落とすなよ、吉田」

幸隆はニヤリと笑い、吉田の前に『外務大臣』の辞令書を滑らせた。

「お前を外務大臣にする。今すぐ英米列強の連中と丁々発止の喧嘩ができる、面の皮の厚いタヌキはお前しかいない」

吉田は辞令書をチラリと見下ろし、葉巻をふかした。

「……軍部が黙っておりませんぞ? 私のような欧米かぶれを外相に据えれば、また命を狙われますな」

「軍部はすでに、俺の飼い犬(東條)が首輪を締めている。お前は後ろを気にせず、存分に外交という盤面で暴れ回ればいい」

幸隆は身を乗り出し、吉田に対して「とんでもない密命」を口にした。

「吉田。お前の最初の仕事は……アメリカの巨大資本カネを、満州国に引きずり込むことだ」

「……ほう?」

吉田の目が、初めて鋭く光った。

「軍部が血を流して手に入れた満州を、アメリカの富豪どもと『合弁会社』にして分け合う。アメリカの資本が満州に入れば、連中は自分の財布を守るために、満州にちょっかいを出すソ連や中国を絶対に許さなくなる。……最強の『経済の盾』を作るぞ」

幸隆の、あまりにも冷徹で、そしてスケールの大きすぎる現代の「経済安全保障」のスキーム。

それを理解した瞬間、不屈の外交官・吉田茂の顔に、底知れぬ悪党の笑みが浮かんだ。

「クックック……ハハハハッ! こいつは傑作だ! 軍部が神聖視している満州を、米帝の資本で塗り潰そうというのですか! 狂っている……だが、これほど痛快な外交カードはない!」

吉田は葉巻を灰皿にもみ消し、深く頭を下げた。

「承知いたしました、総理。米英の強欲な資本家どもを、見事なまでに巻き込んでみせましょう」

幸隆もまた、タバコを吹かしながら極悪な笑みを浮かべる。

昭和11年、春。

後世の歴史家が「歴代最凶の悪党内閣」と呼ぶことになる、近衛新内閣が、ここに産声を上げた。

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