日常の剥落
至極当然の儀式として、日は昇る。
立ち込めていた朝霧は時間の摩耗とともに薄れ、透き通った空気に小鳥の囀りが鋭く響き始める。街が呼吸を始め、次第に増えていく足音の群れ。多くの人間がその「役割」を全うし始めた頃、男はようやく重いカーテンを開ける。
眼下に広がるのは、大通りから胃袋のように分岐した細い路地。車一台通れぬ狭路だが、商業施設への短絡路として地元民がひっきりなしに行き交う。その喧騒ゆえに、家賃という名の「場所代」は低く見積もられていた。
全長50メートルほどの路地の、ちょうどへその位置。一階をガラクタの散乱する物置に変えたその家屋の二階が、鈴白玲の領土だ。
時計の針が十時を回る。活動を開始した玲は、キッチンで静かにお湯を沸かす。
六枚切りの食パンを二枚。片面にマーガリンを塗り、砂糖をまぶしてトースターへ。その僅かな待ち時間に、買い溜めした個包装のインスタントコーヒーをマグカップに溶かす。トーストが焼き上がる香ばしい匂いを確認し、皿に取り出す。
これが、鈴白玲の「朝食」だ。
そこには意志も、効率化への執着もない。ただ、呼吸や心拍と同じレベルで定着した、生物としての生存プロセス。揺るぎない生態の一部として、それは執行される。
食後、机に置かれた読みかけの本に手を伸ばす。
誰が成し遂げたかも定かではない自己満足の自伝や、退屈な事象を繋ぎ合わせただけの三流小説。日によってその内容は変わるが、玲にとってはそれらすべてが、等しく興味深かった。
読み終えると、壁一面を埋め尽くす本棚の「隙間」へと収納していく。不規則な凹凸を持つ背表紙たちは、すべてが埋まった瞬間に、何か一つの巨大な異形を描き出す——そんな予感を孕んでいた。
散歩、二度寝、流行のドラマの消化。
玲の日常は、吐き気がするほどに「普通」だ。
だが、数週間に一度か、数ヶ月に一度か、あるいは数日か。その周期を誰にも悟らせぬまま、彼は「異質な一日」へと足を踏み入れる。
その一日を隠蔽するために日常は存在し、また、日常を定義づけるようにその一日は存在する。
表裏一体の二つの貌こそが、鈴白玲という男の輪郭。
これが世の謂う「まとも」でないことだけは、確かだ。
この物語は、その穏やかな日常の皮を剥ぎ、剥き出しになった「異質」のみを抽出した記録である。




