第2章 小さなズレ(後半)
数日後、教室の黒板の横には、新しい掲示が貼られていた。
文化祭の係決めの予告で、まだ先の話だ。
今日中に何かを決めるわけではない。
「また生徒会がまとめるんだってさ」
後ろの席から軽く声がする。
「九条がいれば楽でしょ」
別の誰かが、何気なく返す。
透は、そのやり取りを聞きながら、チョークの跡を眺める。
文字は整っていて、余白も均等だった。
誰が書いたかは、見なくてもわかる。
放課後、生徒会室には、いつもより人が少なかった。
文化祭の話はまだ先で、集まる必要がない者は帰っている。
「今日、決めることないよね」
誰かが言う。
「うん。だから簡単な確認だけ」
九条は、机の端に資料を置く。
確認事項は、本当に簡単だった。
日程の共有、役割の大枠、次回の予定。
「質問ある人は?」
一人が手を挙げた。
「係、去年と同じでいいんですか?」
「基本は同じ。ただ、人数が違うから調整はする」
九条は即座に答えた。
「そっか」
手は下がる。
会話は、そこで途切れる。
透は、机の上の資料に目を落とす。
調整という言葉が、小さく引っかかる。
けれど、それ以上の意味は、見つからない。
「じゃあ、今日はここまで」
九条がそう言って、椅子を引く。
いつもより少し早い解散だった。
誰も不満を言わない。
帰り際、会計の女子が、冗談めかして言った。
「九条先輩って、やっぱ完璧だよね」
「うん、安心する」
安心という言葉が、軽く落ちる。
誰も拾わない。
透は、そのまま歩き続けた。
振り返らず、声も出さない。
夕方、教室に戻ると、九条は席に着く前に、教卓の上を一度見た。
忘れ物がないか確かめるように、視線を通す。
何もなかった。
それでも、わずかに違和感が、空気の中に残る。
透はノートを開き、今日の日付を書いた。
書くべきことは、特にない。
誰も困っていない。
誰も責められていない。
正しく進んだ一日だった。
だが、同じ場所には、もう戻れないことだけは、透にわかっていた。




