第2章 小さなズレ(前半)
朝の教室は、少しだけざわついていた。
窓際で誰かが天気の話をしていて、後ろの方では小テストの答え合わせが始まっている。
透は、自分の机に鞄を置き、椅子を引いた。
「今日さ、生徒会の掲示出てたよな」
後ろの席の女子が、軽く声をかける。
「見た見た。分担、めっちゃきれいだった」
返事は自然で軽い。
「九条がまとめたんでしょ?」
「そりゃそう」
名前が出ても、空気は変わらない。
褒めるでも、疑うでもなく、確認するだけの会話。
透は、黒板の横に貼られた掲示を思い出す。
新年度の役割分担表。
名前は均等に並び、仕事量も偏りがない。
誰が見ても、正しかった。
昼休み、生徒会室に集まると、いつもより人数が多かった。
新しく加わった一年生が、少し緊張した顔で立っている。
「じゃあ、簡単に説明するね」
九条は椅子に座らず、ホワイトボードの前に立った。
仕事の流れ、連絡の取り方、困ったときの判断基準。
説明は端的で、余計な言葉がない。
「わからないところがあったら、あとで聞いて」
その言い方も、柔らかすぎず、冷たすぎず。
誰かが手を挙げる前に、話は次に進む。
一年生の一人が、隣の友人と目を合わせた。
何か言いたそうだったが、結局、何も言わなかった。
「大丈夫そう?」
先輩が冗談めかして声をかける。
「はい、大丈夫です」
即答だった。
笑いが起きて、その場はそれで終わる。
問題にするほどのことではない。
透は、そのやり取りを見ていた。
九条は、ホワイトボードに書いた文字を一つ消し、ペンを置いた。
説明を終えた合図のような動作。
「じゃあ、今日はここまで」
誰も異論を出さない。
終わり方も、正しい。
片付けが始まり、椅子を引く音が重なる。
九条は資料をまとめ、封筒に入れる。
その手つきは、少しだけ丁寧に見えた。
「九条、さっきの説明、ちょっと早くなかった?」
副会長が笑いながら言う。
「そう?」
九条は首を傾げる。
「まあ、でも九条だからね」
冗談はそこで終わる。
誰も深追いしない。
早かったとしても、間違ってはいない。
透は、窓の外を一度だけ見た。
校庭では部活の準備が始まっている。
掛け声が遠くから聞こえ、風に紛れて消える。
「相沢、これ運ぶの手伝って」
呼ばれて、透は頷いた。
段ボールを持ち上げると、中で紙が少しずれた。
九条がそれに気づき、無言で押さえる。
「ありがとう」
視線は合わなかった。
廊下を歩きながら、透は段ボールの重さを感じる。
中身は変わっていないはずなのに、少しだけ重い。
職員室の前で、九条は立ち止まり、名前を確認するように封筒を見た。
一度で済むはずの確認を、もう一度。
透は何も言わない。
言う理由が、やはりなかった。




