第5章 沈黙と回想(後半)
教室の沈黙は、厚みを増していた。
風が揺らすカーテンの音だけが、二人の間に残る。
九条は机の上の空間を見つめ、手を軽く握った。
透にはそれが、少し硬直しているように見えた。
でも、何も言わない。言わせる空気でもない。ただ、言葉が出ないだけだった。
透は、その様子を見ながら、ノートを開く。
ページをめくる音も小さく、教室の静けさに溶けていく。
光と影が揺れる中、九条の視線は遠く、微かに思い出の世界に触れるようだった。
あの日、紗季は中学三年生の学級委員だった。
文化祭の班分け会議。誰も責めない、けれど間違えることも許されない、微妙な空気が教室を満たしていた。
九条の手が資料に触れる。
透はその指先の動きを、わずかな沈黙の間に認識する。
軽く押さえる指先、整える資料。小さな動作が、時間を止めたように見える。
友人の顔を一瞥し、視線を落としては言葉を飲み込む。
誰かが意見を言うたび、内心で迷う。
外には揺れを見せず、正しさを選ぶ。
「これでいいのかな……」
心の中で何度も呟く。
誰も悪くない。誰も間違っていない。
でも、正しい判断を下さなければ、誰かが困るかもしれない。
透は視線を外に向け、カーテン越しの光に目をやる。
光の揺れに合わせるように、九条の手もわずかに止まる。
沈黙と回想が、互いに呼応する。
机の上の紙に目を落とし、指先で資料を押さえ、呼吸を整える。
決して大げさではない。
小さな沈黙、視線の微細な揺れ。
心の中では揺れ続ける思いを、誰にも見せずにやり過ごす。
友人のひとりが、少し困った顔で手を挙げる。
九条は資料から目を上げ、視線を軽く巡らせた。
内心で迷う瞬間。外には何も見せない。
結局、資料は整えられ、決定は下される。
誰も文句は言わない。
内側の重みはそのまま残る。
肩の力を抜くこともなく、息を整え、次の判断に向かう。
透はノートを閉じ、ゆっくり立ち上がる。
正しい判断を下す九条。
その背後で、内側に微細な重さが積もっているのを、透は静かに見ていた。
夕陽が教室の奥まで差し込み、影を長く伸ばす。
沈黙は支配的で、確かに何かが変化していることだけを透は感じる。
九条は小さく息を整え、背筋を伸ばす。
鞄を足元に置き、言葉を発さず、わずかに軽くなったように見える。
透も、静かにその変化を受け止める。
放課後の教室には、もう誰もいなかった。




