第5話 教えないはずのこと
授業は、
学校とほとんど変わらなかった。
黒板。
机。
時間割。
違うのは、
誰も“夢”について語らないことだった。
「将来なりたいものを考えてみましょう」
そう言う先生は、
いなかった。
ここでは、
未来は“用意されるもの”であって、
描くものではない。
⸻
国語の時間。
講師が文章を読み上げ、
子供たちは黙って聞いている。
「では、この文章から
作者の気持ちを考えてみましょう」
沈黙。
誰も手を挙げない。
ユウトは、
その沈黙が耐えられなかった。
理由は分からない。
だが、
待つことが出来なかった。
「……寂しかったんだと思います」
声が、
教室に落ちた。
講師が驚いたようにユウトを見る。
「どうしてそう思ったの?」
「“帰る場所”って言葉が、
二回出てきてるから」
教室が、
ざわりとした。
講師は一瞬、
端末に視線を落とし、
それから頷いた。
「……いい視点ですね」
ユウトは、
胸の奥が
少しだけ熱くなるのを感じた。
それが、
誇りという感情だと、
彼はまだ知らない。
⸻
昼休み。
同じグループの少年、
ハルが話しかけてきた。
「ねえ、ユウトってさ……
なんか変だよね」
「……変?」
「うん。
子供なのに、
大人みたい」
ユウトは、
否定も肯定もできなかった。
「僕さ、
たまに変な夢を見るんだ」
ハルは、
声を潜めた。
「自分が、
すごく背が高くて、
白い髪で……」
ユウトの心臓が、
跳ねた。
「それで、
目が覚めると
すごく悲しい」
二人は、
それ以上話さなかった。
話してはいけないことを、
本能的に理解していた。
⸻
午後の授業は、
「生活訓練」だった。
整理整頓。
時間管理。
集団行動。
ユウトは、
無意識に周囲を見渡し、
遅れている子に声をかけた。
「次、移動だよ」
「忘れ物ない?」
それは、
誰かに教えられた行動ではない。
職員の一人が、
眉をひそめた。
「……過剰だな」
⸻
夜。
ユウトは、
眠れずにいた。
天井を見つめながら、
胸の奥の“何か”を探る。
ふと、
白いノートの存在を思い出す。
机の引き出しに、
いつの間にか入っていた。
表紙には、
何も書かれていない。
開くと、
一ページ目に
見覚えのない文字があった。
――次の人生に、
この記憶は要らない。
ユウトは、
息を止めた。
読める。
意味も分かる。
でも、
書いた記憶がない。
それなのに、
胸が、
締めつけられるように痛んだ。
「……なんで」
答えは、
どこにもない。
⸻
管理室。
三浦 玲奈は、
ユウトの行動ログを見つめていた。
〈集団内調整行動:頻発〉
〈言語選択:成人水準〉
〈感情抑制:高〉
「消し切れてない……」
彼女は、
端末を閉じる。
「これは、
“成功”なの?」
それとも――
取り返しのつかない
失敗なのか。
⸻
ユウトは、
ノートを胸に抱え、
目を閉じた。
その夜、
夢の中で
誰かが微笑んでいた。
教壇に立つ、
知らない男。
けれど、
なぜか分かる。
――あれは、僕だ。




