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メビウスの子供たち  作者:


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4/5

第4話 名前のない朝

朝は、

音でやってきた。


チャイムのような、

でも学校とも違う、

少し柔らかい電子音。


少年は、

その音に驚いて目を開けた。


天井は白い。

昨日――という感覚すら、

はっきりしない。


「……?」


声を出そうとしたが、

喉から漏れたのは

小さな息だけだった。


自分の声が、

自分のものじゃない気がした。



ベッドの横に置かれた端末が点灯する。


おはようございます。

本日より、あなたは

第七居住棟・Bグループに所属します。


文字は読める。

意味も分かる。

なのに、

「なぜ読めるのか」は分からない。


制服が用意されていた。


ブレザー。

小さな靴。

まだ少し新しい匂い。


着替えながら、

少年は鏡を見た。


知らない顔。

だが、

なぜか目だけが懐かしい。


「……誰だ」


問いは、

宛先を失って床に落ちた。



食堂には、

同じくらいの年の子供たちが

すでに集まっていた。


十数人。

皆、静かだった。


笑う子はいない。

泣く子もいない。


それが、

一番奇妙だった。


向かいの席に座った少年が、

小さな声で話しかけてくる。


「きみも……

 ここ、初めて?」


少年は、

少し考えてから頷いた。


言葉を選ぶ、

その癖だけが、

なぜか身体に残っていた。



朝食の後、

全員がホールに集められた。


壇上に立ったのは、

三浦 玲奈だった。


昨日とは違う、

“先生”の顔。


「今日から、

 皆さんはここで

 生活を始めます」


「皆さんには、

 共通点があります」


子供たちは、

息をひそめて聞いている。


「それは、

 ここに来る前の記憶が

 存在しない、ということ」


誰かが、

小さく息を呑んだ。


「不安に思う必要はありません。

 必要な教育、環境、

 すべて国が用意しています」


玲奈は一人ひとりを見た。


――ごめんなさい。

そう言っているように。



次に呼ばれたのは、

名前だった。


新しい名前。


「……ユウト」


呼ばれた瞬間、

胸の奥が、

微かに揺れた。


理由は分からない。


だが、

それだけは

「自分に向けられた音」だと

はっきり分かった。


「今日から、

 あなたの名前はユウトです」


ユウト。


その音が、

心のどこかに

静かに沈んでいく。



午後は、

基礎適性の確認だった。


読み書き。

計算。

運動。


驚くほど、

身体がついてくる。


考えなくても、

正しい姿勢を取れる。


順番を守れる。

他人の様子を、

無意識に気にしている。


職員たちは、

何も言わず、

ただ記録を取った。


「……やっぱり」


誰かが、

小さく呟いた。



夜。


ベッドに横になったユウトは、

胸の奥の違和感を

ずっと感じていた。


子供なのに、

なぜか

「時間が残り少ない」気がする。


理由は分からない。


名前も、

過去も、

持っていないはずなのに。


それでも。


眠りに落ちる直前、

誰かの声が聞こえた。


「先生……」


自分の口から出た言葉に、

ユウトははっとする。


――なぜ、

その言葉を知っている?


答えは、

闇の中に溶けた。



遠くの管理室で、

三浦 玲奈は

一つの報告書を閉じた。


〈被験体 No.27

 感情反応、想定値以上〉


彼女は、

小さく息を吐く。


「……メビウスは、

 全部は消せない」


その呟きは、

誰にも聞かれなかった。

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