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メビウスの子供たち  作者:


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3/4

第3話 メビウスの夜

最終確認の日は、

驚くほど静かに始まった。


朝倉 恒一は、

いつもより少し早く目を覚ました。

窓の外は霧に包まれ、

施設全体が世界から切り離されたように見える。


――今日で、終わる。


そう思うと、

恐怖よりも奇妙な落ち着きがあった。



午前中は、

身体検査と心理チェックだった。


血圧、心拍、脳波。

若い技師たちは淡々と数値を読み上げ、

恒一を「対象」として扱う。


最後に行われたのは、

心理確認だった。


「後悔は、ありませんか」


質問したのは、

三浦 玲奈だった。


「……ありますよ」


恒一は正直に答えた。


「でも、

 後悔のない人生なんて、

 あるんでしょうか」


玲奈は一瞬、言葉に詰まった。


「この制度は、

 正しいと思いますか」


恒一は少し考え、

静かに首を振った。


「正しいかどうかは、

 私には分かりません」


「それでも、

 あなたは進む?」


「ええ。

 ここまで来て、

 戻る理由もない」


玲奈は、

書類にチェックを入れた。


それが、

最後の署名だった。



夜。


施設の奥、

立ち入り制限区域の先に、

〈メビウス〉はあった。


巨大な円環状の装置。

金属とガラスで構成され、

ゆっくりと回転している。


始まりも、終わりも、

見分けがつかない。


「名前を呼ばれたら、

 中へ進んでください」


係員の声が響く。


恒一の順番は、

三番目だった。


前に進んだ二人が、

装置の中へ消えていく。


音はしない。

悲鳴も、光も、ない。


ただ、

人がいなくなる。



「朝倉 恒一様」


呼ばれた瞬間、

胸が大きく脈打った。


一歩、

また一歩。


円環の中心に立つと、

床が柔らかく沈み込む。


玲奈が、

制御室の窓越しに立っていた。


目が合う。


彼女は、

深く頭を下げた。


――それが、

彼への最後の“人としての扱い”に思えた。



装置が、止まる。


次の瞬間、

視界が反転した。


上も下も分からない。

時間が、折り返していく。


身体が、

ほどけるような感覚。


骨が溶け、

皮膚が遠ざかり、

声にならない叫びが喉を通り過ぎる。


だが、

痛みはなかった。


あるのは、

強烈な懐かしさ。


小学校の校庭。

夏の匂い。

初めて黒板に字を書いた日の緊張。


それらが、

一気に流れ込んでくる。


「……ああ」


声にならない声が、

円環の中で消えた。



そして。


目を開けた瞬間、

天井がやけに高く見えた。


手を動かすと、

小さな指が動く。


足も、短い。


「成功しました」


誰かの声が聞こえる。


だが、

その言葉の意味は、

もう理解できなかった。


――名前。

――年齢。

――過去。


それらは、

霧の向こうへ溶けていく。


最後に残ったのは、

理由の分からない涙だけだった。



ベッドの脇で、

三浦 玲奈は

小さな少年を見下ろしていた。


記録端末には、

新しい情報が表示されている。


・年齢:10歳

・性別:男

・戸籍:新規生成

・記憶:初期化完了


だが、

少年の頬を伝う涙を見て、

玲奈は端末を閉じた。


「……おやすみ」


その声は、

誰に向けたものだったのか。


老人にか、

子供にか、

それとも――

消えた人生にか。


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