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夢から現実へ

その日、優輝は夢を見て目が覚めた。


微かに記憶にある、母親と暮らしていた古いアパートの畳の上で、チラシの裏側にクレヨンで絵を描いている夢だった。ただし、夢の中に出てきたのは記憶の底に朧げになっていた産みの母親ではなく、なぜか珠紀と十三の2人であった。


「・・・・」


自分が施設に来てからどれくらい経った頃だろうか。物心ついた時には、十三と珠紀が頻繁に面会に来てくれていた。理由は自分にもよく分からない。


最初はよく分からない大人が来たということで困惑したが、回数を重ねてくると、自分によくしてくれる優しい二人だとわかるようになっていた。


康平や辰馬も、家族同然のように接してくれるのが優輝には嬉しかった。


「おじさんとおばさん、ぼくのほんとうの親みたいだね」


週末に泊めてくれるようになった時期に、無邪気に一度だけこう言った事があった。十三は嬉しそうに照れていたが、珠紀が雷に打たれたような顔をしていたのは、その時は理解できなかった(成人した時に、29でおばさんと言われてショックだったことを知った)。


(・・・みんな、ほんとうの家族になってくれたらいいのに)


目覚めてしばらく経った優輝は、心の中でそう呟いた。この数ヶ月で芽生えていた本心だった。


---


「優輝くん、乾さんたちが来てくれたよ」


この日の午後、林さんに呼ばれて面会室に行った優輝は、十三と珠紀、二人の顔が普段より真剣なことに気が付いた。


(どうしたんだろう……)


胸の奥に小さな緊張が走る。それでも優輝は何も言わず、二人の向かいのソファに腰を下ろした。


「優輝くん、元気にしてた?」

珠紀が、いつもと同じようにやわらかく声をかける。


「……うん」


小さく頷いた優輝に、十三がゆっくりと言葉を継いだ。


「優輝、今日はな……俺たちからお前に、大事な話があって来たんだ。だから、優輝の気持ちを正直に聞かせてほしい」


「だいじな・・・おはなし?」


「あぁ。」



十三の顔が少し強張ったように見えた。「ふーっ」と深呼吸をした後、2呼吸ほどの間を置き、本題を切り出した。


「...優輝さえよかったらなんだがな...俺たちの子になってくれないか」


一瞬の沈黙が面会室に流れた・・・そしてすぐ、優輝は大きく目を見開いて「どういうこと!?」と大きな声で言った。




珠紀が穏やかな声で続けた。


「...私たち、家族みんなで話し合ってね。優輝くん、私たちに随分と慣れてくれたからさ。うちの一員に迎え入れたいって、みんなにそうお願いしたの。」


「・・・私たちの両親も、康平も、みんな賛成してくれたわ。後は優輝くんの気持ち次第なんだ。どうかな・・・優輝くん、私たちの子どもに、康平の兄弟に・・・乾家の一員になってくれないかな」



まさか、自分の願いがかないうことになるなんて。思ってもみなかった展開に、優輝は胸の中の風船が一気に膨らんだような気持ちになった。


「・・・ほんとうに・・・ほんとうにいいの・・・?」


「もちろんだ」


「こうへいとも、じいちゃんともずっといれるの?」


信じられない気持ちで聞き続ける優輝。


「...もちろん、ずっとよ」


十三と珠紀が力強く言ったその時だった。優輝の両目から、大粒の涙が一斉に溢れ出した。


「うわああぁぁ〜〜〜〜〜ん!!」


紛れもない嬉し涙だった。だが、予想外の大泣きぶりに十三は慌てたらしく、「お、おい、大丈夫か優輝!」と狼狽えはじめた。


「バカね、嬉しくて泣いてるんじゃない!慌てすぎよ」

珠紀はそういってソファの優輝のところまでいき、優輝をそっと抱きしめた。十三も続いて優輝のそばに寄り添った。


「急な話しちゃってごめんね、優輝くん。でも、喜んでくれたみたいで、私たち嬉しい」



珠紀の優しい声かけに、優輝はずっと涙を流した。林は、その光景をにこやかに眺めていた。


-----

乾家が優輝と養子縁組を結ぶ事を決めたその後。夫妻は養子縁組に向けての膨大な作業に悩殺されていた。


家庭環境の調査や、家庭裁判所の審判に向けた書類の整理など、やることは山積みである。


十三は、施設の林から、にこやかな顔で渡された書類の山を見て眩暈がした。

元々書類整理など得意でなかった十三であるが、非常勤ながら市役所勤めをしている珠紀の力がここで大いに発揮された。彼女の知識と実務能力のおかげで、書類の準備は自身が思っていたより、ずっとスムーズに進んでいた。


「いやぁ・・・俺、珠紀と結婚して本当によかったと思ってるよ」


書類整理の最中、十三はぽつりとそう呟いた。本人としては最大の褒め言葉のつもりだったのだが、十三の母親のみどりはこの言葉が気に入らなかったらしく、


「普段から家事一切やってもらってる分際で、こんな時だけありがたがるバカがあるか!」


と言って、持ち前の天然パーマを今にも爆発させそうな勢いで、十三の頭を『スパーンッ!!』とスリッパで引っ叩いた。


「痛ってえ!すまんかった!すまんかったよ!」


そう言って謝る十三の姿を見て、康平はケタケタと笑い声をあげていた。


「ウフフ、大丈夫ですよ、お義母さん。私なら平気ですから」


珠紀は小さく笑いながら事務作業に没頭した。


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