乾夫妻の新たな決意
十三と辰馬がそんな話をしていた丁度その日、施設で暮らしている中学生、松原大輔は自室に優輝を招き入れていた。
学校から帰ってきて自室に向かっている最中、廊下の隅で1人ぐずっている彼を見つけたのだった。以前から弟分のように優輝を可愛がっていた大輔はいてもたってもいられず、誰にも気兼ねなく事情を話せるようにしてやっていた。
「・・・それてさ。ゆうなちゃんが、『ちょっとくらいいいじゃない、かしなさいよ』って、ぼくがかいてた がようしとって、やぶいちゃって・・・ひっぐ・・・」
「それで、『ゆうなちゃん、ひどい』っていったら、『うるさい!』っていってたたかれたの・・・」
優輝は声を詰まらせながら、涙ながらに拙いながらも事情を説明した。話を聞けば、先生に隠れて他にも似たようなことをしている子が数人いるらしい。
大輔は穏やかに話を聞きながらも、心のうちは怒りに震えていた。よってたかって、人数や年の差を武器に年下の優輝にこんな意地悪をするなんて。
一方で、事情は分からなくもなかった。おそらく、優輝の親戚という人達の面会や、週末の泊まり込みの数が自分たちと比較して多いことが羨ましいのだろう。面会の数の多さは、自分の目から見ても明らかだった。
「・・・分かった、優輝。話してくれてありがとう。ゆうなとか、他の連中には余計なことはするなって俺からきつく言っとく。あと、林先生にも事情を伝えとく。それでも何かあったら俺を頼れ。な?」
大輔はそう言って優輝をきゅっと抱きしめた。
「うん・・・だいすけにいちゃん、ありがとう・・・」
優輝は安心した様子で部屋を出て行った。
「・・・さて、こっからは俺の仕事だな・・・」
大輔は、優輝のこれからを案ずるように呟いた。まずは林先生に話を伝えなければ。そうすれば、親戚の人たちにも話は行くだろう。
このまま施設にずっといれば、優輝がどんな目に遭うか分からない。もし、このまま引き取ってくれるなんて方向に話が進んでくれれば・・・大輔は心の中でそっと願った。
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辰馬との話があった週の土曜日、いつものように優輝に会いに行った帰り、面談室で夫妻はベテラン職員の林に呼び止められた。
「……実は、お二人にお伝えしておいたほうがいいと思いまして」
林は少し言いにくそうに切り出した。
「優輝くん、最近ちょっと他の子から浮いてしまっているようなんです。理由は……たぶん、こちらにいらっしゃる面会の頻度かと」
十三と珠紀は顔を見合わせた。
「面会……?」
「ええ。ほかの子どもたちからすると、どうしても差が出てしまうんです。優輝くんだけ、毎週のように“家族が来てくれる”。それを妬む子もいましてね……。からかわれたり、おもちゃを隠されたりすることがあるようです」
言葉が突き刺さるようだった。
良かれと思って通い続けた面会が、逆に優輝を追い詰めていた――。
「そんな……」
珠紀は思わず膝の上で手を握りしめた。
「私たち、優輝のためにと思って……でも、あの子を苦しめてしまっていたなんて」
十三は唇をかみしめ、しばらく沈黙した。
まさか、父親の不安が的中していたとは。自分たちの見通しの甘さを、十三は激しく後悔した。
頭の中で、いつも笑顔を向けてくれる優輝の姿がよみがえる。だがその裏で、彼はきっと同じ部屋の中で、孤独な思いを抱えていたのだ。
「……もう、施設に預けたままじゃ駄目だ」
低い声で十三が言った。
「ここまで懐いてくれてるのに、俺たちが“時々来る人”のままじゃ、優輝にとって中途半端すぎる。家に迎えるしかない」
珠紀もゆっくりとうなずいた。
「そうね……。優輝自身も、きっとそれを望んでる」
夫婦の間に、初めて迷いのない決意が共有された。
この日を境に、二人は「里親」から「親」になる道=養子縁組へと舵を切った。




