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年明けのアンパンマン

それからというもの、十三は時間を見つけては施設へ足を運んだ。最初は林の助言もあり隔週での面会だったが、次第に回数は増えた。珠紀もできるだけ同行したが、康平の世話や非常勤の市役所勤務の都合が重なれば、十三一人で行くことも多かった。


その甲斐もあってか、年が明けた一月の半ばには変化が訪れた。


初めての面会のときには顔を背けてばかりいた優輝が、ある日、自分から絵本を抱えてやってきたのだ。


「なんだ、アンパンマンの絵本じゃないか。好きなのか?」


こくり、と小さく頷く。


「……あんぱんまん、すき」


その一言に、十三の胸が熱くなる。わずか数ヶ月前には想像もできなかった変化だった。


「最近は、乾さんが来てくれるのを楽しみにしているみたいです」


林がにこやかにそう教えてくれた。確かに、優輝の瞳はどこか輝いて見える。


「林さん……もしご迷惑でなければ、もう少し頻度を増やすことは……」


「ええ、本人もこの様子ですし、週一回程度なら問題ないでしょう」


ベテランの言葉に、十三は安堵の笑みを浮かべた。


優輝は相変わらず、アンパンマンの絵本に夢中で、十三に一緒に読んでくれと顔でせがんでいる。


「こらこら、優輝くん。少し落ち着きなさい」


林さんがそう優しく諫めるが、十三は笑って首を振った。


「いいんですよ、子供はこれくらいじゃなきゃ」


康平の元気すぎる姿を思い出す。あの子に比べれば、優輝はむしろ驚くほど静かで、絵本一冊に夢中になる集中力がある。性格の違いなのか、これまでの環境のせいなのか――。


十三は、そんな小さな違いにも愛おしさを覚えながら、優輝の顔をじっと見つめていた。


ーー


その後も、十三と珠紀はできる限り定期的に施設へ足を運んだ。


もっとも、家庭には康平がいる。仕事や育児の合間を縫っての面会は容易ではなく、時には間が空いてしまうこともあった。当然、康平をいつも両親に任せきりにするわけにもいかず、どちらかが家に残って世話をし、もう一方が優輝に会いに行く――そんな工夫を重ねていた。


ある日の親戚の集まりで、そのことを耳にした年上の従兄弟から、きつい言葉をぶつけられたことがある。


「自分の子育ても大変だろうに、よその子まで面倒見る余裕があるのか?」


柔道三段の体躯を誇る十三も、その一言にはさすがに胸を抉られる思いだった。反論しようと口を開きかけた瞬間、隣に座った父が声を出した。


「十三たちが、よく考えて話し合った上でやっていることだ。お前たちが余計な口を挟むことじゃない」


静かながらも鋭い声音だった。場にいた者が息をのむ中、従兄弟は口ごもり、「……おじさんがそう言うなら、大丈夫なんだろう」と渋々引き下がった。


十三の胸には、父の姿が深く刻まれた。戦後の混乱期、祖父が戦災孤児の世話をしていたその背中を子どものころに見てきたからこそ、今の自分の行動も理解し、支えてくれているのだろう。


ありがたさと同時に、十三は心の奥底で固く誓った。

――優輝に関わるのは、ただの情けや思いつきではいけない。自分たちの覚悟がなければ、この子をかえって傷つけてしまう。


父親の言葉に守られた分、その責任を背負う覚悟を、より強く噛みしめるのだった。

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