帰ってきました
王都に戻るとすぐ、バークマン伯爵は我が家にやって来た。
その内容は、娘であるバークマン伯爵令嬢が側室になれるよう、陛下に進言してほしいというものだった。これには父も母も困り果てた。どう考えても我が家から王家にお願いするような内容ではないからだ。しかも、どこで覚えてきたのか、土下座までして懇願するのだから呆れて何も言えない。
「バークマン伯爵から直接、陛下にお願いしてはいかがですか?私どもは陛下がお決めになったのでしたら、何も反論はいたしませんよ」
「娘は自殺まで図ったのです。どうかお願いでございます。私は娘のためならば何でもいたします。どうか、どうかお願いします」
バークマン伯爵令嬢とは、そんなにか弱い神経なのかしら?そんな神経の細やかな方が側室になど希望されないと思うのだけど……。
「殿下とバークマン伯爵令嬢は、どのようなご関係ですか?」
私はストレートに聞いてみた。
「娘にとっては初恋の相手であり、初めて身体を捧げた相手なのです」
媚薬を誰かが盛ったとは聞いたけど、未遂と言っていたわ。どちらにしても我が家には関係ない。
「とにかく、お引き取りください。殿下にはバークマン伯爵が我が家に来られたことを報告しておきます。では失礼いたします」
間に入って良いことは何もない。両親も同じように思ったらしく、相手にしなかった。
だが数日後、あることが起こった。
私の侍女の一人であるサラと護衛を連れて街に出かけると、バークマン伯爵令嬢が王都の高級店舗で私にいきなり怒鳴ってきたのだ。
「ひどいわ、少しばかり家格が上だと思って、父に土下座までさせるなんて、なんてひどい人なのよ」
店内は騒然となり、人が集まってきた。
「あなたなんかに王太子妃は務まらないわ。私と殿下は学生時代から愛し合っているのよ。いい加減に身を引いたらどうなのよ」
私は何も言わず、軽くお辞儀だけしてから言った。
「皆様、お恥ずかしいところをお見せしてしまい申し訳ありません。私はすぐに出ていきますので、このまま楽しくお買い物をしてくださいませ」
そう言って私は店を後にした。
「本当に厄介なご令嬢だわ」
私は思わず口走った。
それから数日後の小さなパーティーの席でも、私に対しての嫌がらせは続いた。
「キャッ、何をなさるの!」
バークマン伯爵令嬢の大きな声で、皆が一斉に私とバークマン伯爵令嬢に注目をした。
「ひどいですわ。どう考えてもわざとですわよね」
彼女のドレスは赤ワインで染まってしまったようだ。私は彼女に触れてもいない。それに私と彼女の間には1メートル以上の距離があるのを、彼女はわかっているのだろうか?もう少し近寄らないと不自然だと教えてあげたい気分だわ。
「まあ、バークマン伯爵令嬢様、大丈夫ですか?お怪我はありませんか?どなたがこのようなことを?」
「ドヴァーグ侯爵令嬢様ですわ。私は彼女は会うたびに……、グスン」
二人とも素晴らしいお芝居だわ。でも、涙が出てないのだから一流とは言えないわね。
私は仕方がないので浄化魔法を使い、彼女のドレスを元通りにしてさしあげた。
そしてお辞儀をして、何も言わずその場を去ったのだ。
「素晴らしい魔法ですわね、さすがは貴族学校トップの成績ですわ」
「あれほどの魔法を最も簡単にこなせるとは、誠に恐れ入ったな」
「まさに王太子妃にふさわしいお方だ」
皆がそう囁くのを聞いて、バークマン伯爵令嬢は大声で叫んだ。
「元に戻せばいいものではありませんわ」
彼女の今日の行いは、自身の評判を落とす行為だと、どうしてわからないのだろうか。
実は、王太子殿下は毎日のように我が家に来ている。私と手を繋ぎながら報告書を読んだり、部下に指示を出したりしているのだ。すでに殿下専用の書斎まで用意されているのだから、父は殿下に甘すぎると思うわ。
「なあ、リン。早く結婚しよう」
「一年後と正式に決めたではありませんか」
「では、住まいだけでも移さないか?」
「それも両陛下と話し合って挙式後と決めたではありませんか」
全く、私よりも5つ上とは思えませんわ。
「なあ、リン、バークマン伯爵令嬢の件だが、本当に大丈夫なのか?」
「ええ、私は何も気にしていませんわ。ただ、いつまでもこのままにはしておけませんわね。そろそろ何か考えないといけません」
「実は、陛下がバークマン伯爵令嬢と地方貴族との縁をまとめようと考えられているんだ」
「王命でも出すおつもりですか?」
「そうだ。だが、良い相手が見つからないから困っていてな……」
確かにその通りだろう。殿下にこれほど執着しているご令嬢を当てがうのは気が引けるだろう。
今のような子供じみた嫌がらせなら、私は問題ないけれど……。
私はこのとき、きちんと対策をとるべきだったと、後になって後悔するのだった。




