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殿下のとんでもない事情  作者: 木の葉
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かけがいのない宝物 ガーディン王太子殿下 視点

ガーディン王太子殿下 視点

 

 リンと会うまでの俺は、女なんてみんな一緒だと思っていた。だが、初めて会ったときに婚約解消届を見せられて、俺はひどく動揺した。

 

 この俺を拒絶する?まさかこれは罠なのか?俺の気を惹く作戦か?

 

 確かに顔も綺麗で品もある。だが、高位貴族ともなれば身の回りに気を遣うし、一流の侍女たちの手でそれなりにはなるものだ。しかし、どう見てもリンはうっすらとしか化粧をしていないようだし、香水の匂いすらしない。他の女とは違うと感じた。それに、俺に対して本気で怒っているようにも思えた。

 

 久しぶりに面白いと感じた。少しからかってやろうと思い、お姫様抱っこをしてみた。巷では誰もが憧れるという、お姫様抱っこだ。

 

 思ったよりも彼女はずいぶんと軽く、それに良い匂いまでしてくる。俺はこの時、リンなら俺は抱けるのではないかと思った。

 

 しかし、彼女は暴れて、自ら身体強化を行い、最も簡単に俺から距離をとった。

 

 こんな女は彼女しかいない。俺はリンなら問題ないと確信した。

 

 父である陛下をなんとか説得してくれたのは、母である王妃だった。

 

「ガーディン、王妃の頼みだから今回は多めに見る。だがこれ以上、ドヴァーグ侯爵令嬢に対して失礼な態度を取るのは許さん。分かったな」

 

「そうですよ。ドヴァーグ侯爵令嬢は女性です。今まで貴方の対応のせいで、陰でいろいろと言われ続けているのです。同じ女性である私には充分すぎるぐらい辛いのが分かります」

 

「はい、私は彼女と結婚したいと思っております」

 

「今回の遠征から戻り、ドヴァーグ侯爵令嬢が結婚したくないと言えば、全て白紙に戻す。これは決定だ。良いな」

 

 両陛下にはっきりと言われた。だが、私が拒否されるわけなどないと、そう思っていた。今思えば、なんと傲慢だったのだろう。

 

 俺は日増しにリンを目で追うようになり、彼女に惹かれていった。

 

 侯爵令嬢なのに、リンは身の回りのことは全て自分でするだけではなく、不器用ながらも料理まで手伝っていたのだ。それに女性の騎士たちとも仲良くなり、慕われている。こんな女性を見るのは生まれて初めてだった。

 

 どうしようもなく惹かれていくうちに、俺はボーンズと自分の関係を知られるのが怖くなっていった。

 

 それだけではない、リンは騎士たちと共に戦い、救っていたのだ。ボーンズは彼女のことを俺に話してきた。

 

「素晴らしい方です。殿下のお相手として最高ではありませんか」

 

「ボーンズもそう思うか?」

 

「はい、まさしく国母の器です」

 

 俺もそう思った。リンとならばブルネル国はますます発展するだろう。リンは俺を愛してくれるだろうか?俺は彼女に真実を告げようと心に決めた。

 

 マンドル国に着くと、俺はリンを湖に連れて行き、真実が見える水を飲んでもらった。彼女が目覚めるまで、俺は彼女の顔をずっと眺めていた。

 

「やはりほとんど化粧をしていないんだな。だけど綺麗な肌だ。髪も艶やかで美しい。こんなに愛しい存在ができるなんて、思いもしなかったよ」

 

 小さくつぶやきながら俺は思った。目が覚めてリンが俺を拒否したら、俺はどうするだろうか?もう俺は君を手放すことは出来ないかもしれない。

 

 俺は湖の水も一口だけ飲んだ。

 

 彼女の生い立ちをどうしても見たかったからだ。

 

 ここは彼女の部屋だろうか?窓辺に座っているのはリンなのか?

 

「あー、お腹が空いたわ。大体10歳の育ち盛りの娘に充分な食事を与えないなんてどういうことよ」

 

 どうやら小さなリンは空腹で怒っているようだ。

 

 彼女は立ち上がり、本棚から商売に関する本を手にした。

 

「この法律は厄介よね。全く商売を発展させるならこの法律はない方が良いのではないかしら?」

 

 そう言いながら、なにかメモをしている。リンは本気で商売をやりたいのだな、と俺は思った。次に手に取った本は、魔獣の生態について書かれた本だ。10歳の貴族令嬢が手に取る本ではないだろう。

 

「この革なら素敵な鞄が出来るのではないかしら?この魔獣なら近くの森でも狩れそうだわ」

 

 おいおい、リン、10歳だぞ。いくらなんでも危険すぎるだろう。考え直せ。

 

 場面が切り替わった。

 

「お嬢様、本当に魔獣狩りに出かけられるのですか?」

 

「ええ、そうよ。魔力過多にはそれが一番良いもの」

 

 リンも魔力過多に悩まされていたのか?それで、あんなに戦えたのだな。

 

「リン、危険すぎるわ。貴方は15歳の令嬢なのよ」

 

 リンの母君だろうか?どことなくリンに似ているな。

 

「護衛も一緒ですし、無茶はしないわ」

 

 リンは魔法を駆使して魔獣を討伐していった。護衛は手を出さず、見守っているようだ。魔法弓という独自の魔法も、こうやって身につけたのだな。

 

 場面が再び変わった。

 

 ここは、どうやら貴族学校のようだ。

 

「素晴らしい成績ですわ、ドヴァーグ侯爵令嬢」

 

「ありがとう。貴方も素晴らしいと私は思いますわ」

 

 リンが通り過ぎると、先ほどまで絶賛していた令嬢がぶつぶつと周りに聞こえるように呟く。

 

「なによ、偉そうに。殿下に相手もされない欠陥令嬢のくせに……。頭が良くても相手にされないのだからお気の毒だわ、くすくす」

 

 違う男子生徒まで声を出して言い始めた。

 

「綺麗なんだから、もったいないよな。俺だったらいつでも相手になってやるんだけどな……」

 

「お前には既に婚約者がいるだろう」

 

「秘密の愛人だよ。それに本当に欠陥があるのか暴いてみたいだろう」

 

「それはそうだな、ハハハ」

 

 俺は今まで自分のことしか頭になかった。彼女が俺の態度のせいで、どれだけひどい誹謗中傷を受けていたのか初めて知った。こいつらの顔を、俺は頭にしっかりと覚えた。

 

 リンはその後も真っ直ぐに育った。

 

 領民たちにもとても好かれている。彼女は料理を領民から教えてもらったようだ。

 

 それに、リンのやりたい商売とは、平民や貧しい人たちを使い、少しでも貧困をなくすためのようだった。本当にリンらしいな。

 

 俺は彼女の過去を知り、ますます愛おしさが増した。

 

 リンは俺にとって、神が与えてくれたかけがえのない宝物のように思えた。

 

 俺の意識は引き戻され、目が覚めた。横を見るとリンはまだ眠っていた。

 

 俺はリンの頬にそっと口づけをした。


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