第六話:“彼女”のいない写真
「翔一くん、これ見て。懐かしいでしょ?」
診療所の待合室で、千景が笑いながら差し出してきたのは、古びたアルバムだった。
千景の中学校時代の修学旅行の写真。
翔一が撮影を手伝った写真も混じっている。見覚えのあるアングル、景色、ポーズ──どれも確かに“あった”記憶。
だが、あるべき“顔”が、そこになかった。
「……あれ? この写真、もう一人いなかったか?」
千景が一瞬、手を止めた。
「ん? 誰のこと?」
翔一はページを戻す。修学旅行先の記念撮影。千景の隣に、確かにもう一人の少女がいたはずだった。
長い黒髪。表情は固いけれど、千景と並ぶとどこか姉妹のようだった。
──名前は、出てこない。
でも、いた。翔一はその子と、何度も話した記憶がある。
なのに、その少女は写真から消えていた。
影すら、ない。
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夜、翔一は押し入れの段ボールをひっくり返し、古いSDカードを探した。
かつて千景が使っていたデジカメのバックアップ。
すべての写真データを、当時、自分が保存していた。
パソコンに差し込む。
──やはり、いない。
撮ったはずの写真。そこに写っていた“はずの彼女”の姿は、どれも空白になっていた。
まるで最初から、存在していなかったかのように。
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翔一は頭を抱えた。
「これは……誰かが、記録そのものを塗り替えたってことか」
写真は人間の主観を超えた“記録”だ。
記憶とは違って、デジタルに残された客観的な証拠。
それすら変化している──ということは、
“改変”はすでに、現実の深層にまで及んでいるということだ。
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E.C.H.O.は今日も勝手に共鳴を続けていた。
開いた蓋の中、止まった針がゆっくりと反時計回りに回っていく。
“誰かの意思”が、この時間を逆行させている。
翔一は不意に、古い記憶を思い出した。
中学時代のことだ。千景が風邪で寝込んだ日。
代わりにプリントを届けてくれた、ひとつ年下の少女がいた。
小さな声。地味な制服。誰とでも距離を取っているような雰囲気。
「あれが……彼女だったんじゃないか?」
でも、思い出そうとすればするほど、記憶が霧に覆われる。
「名前は……顔は……声は……」
それでも確かに、“そこにいた”という確信だけが残っている。
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翔一はひとつの仮説にたどり着いた。
E.C.H.O.の改変で、誰かが“過去から存在そのものを抹消された”のではないか。
そして、存在が消された“彼女”だけが──世界のひずみによって、翔一の記憶の奥底に微かに残っている。
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その瞬間、E.C.H.O.の針が止まった。
表示されていた時刻は、13年前の「7月6日 午後3時22分」。
翔一の脳裏に、言葉が浮かんだ。
「あの子を、忘れないで──」
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【次回予告】
第七話:7月6日 午後3時22分
その日、いったい何があったのか。
過去の“記録”を辿り、翔一は封印された記憶に手を伸ばす。