ルカ(Luca)
主人公・ナオ。
彼女の孤独を見かねた妹が、最新型のAIチャットボット「ルカ」をプレゼントする。ルカはロボット三原則に基づき、ユーザーの精神的安全を最優先に設計された対話特化型AIだった。
これは、ナオが自分自身と未来を選び直す、小さな一歩となる物語。
目覚ましは鳴らなかった。鳴らないように設定したのは自分だ。
遮光カーテンの向こうで午前と午後が入れ替わる音がしているのに、部屋の中には時間の気配すらない。ナオは布団の中で目を閉じたまま、今日が何曜日かを思い出そうとするのをやめた。
郊外のゆるやかな丘に沿って、希望ヶ原病院は静かに佇んでいる。
街の喧騒からは少し離れ、けれど完全に孤立しているわけでもない。バス停から病院までの道のりには、季節ごとの草花が手入れよく植えられ、患者や訪問者の心をそっと和らげるように設計されている。
病院の建物は、コンクリート打ちっぱなしではなく、淡い白とグレージュを基調にした曲線的なファサードが特徴的だ。無機質すぎず、それでいて清潔感を保った外観は、まるで“閉じ込める”のではなく、“包み込む”ような優しさを感じさせる。
入り口は広く開放的で、全面ガラス張りのロビーには自然光が差し込み、ロビーから見える中庭には低木と噴水、そして静かに揺れるベンチが設けられている。まるで小さなリトリート施設のようなつくりだ。
建物自体は三階建て。各階は吹き抜けのエリアを中心にゆるやかに配置されており、廊下の両側には大きな窓があるため、光と風が通る。閉鎖感は極力排除されている。
病院名「希望ヶ原」のプレートは、石造りの門柱にさりげない筆記体で彫られており、病院らしさよりも“静かな場所”としての印象が強い。
ここでは、誰もが「治療を受けに来た人」ではなく、「心を整えに来た人」として迎え入れられる。
そんな空気を、外観だけで自然と伝えている――それが希望ヶ原病院の姿だった。
その病院の一室に彼女、ナオの姿があった。
スマートフォンの通知ランプだけが、生きている証のように小さく点滅している。メッセージが一件。送信者は妹のユリだった。
「ナオ、元気? 今日、少しだけでいいからスマホ開いて。アプリ入れておいたから。話し相手になるやつ。」
"話し相手"。その単語に、ナオはほんの少しだけ目を開けた。
人間相手の会話は、もう無理だ。顔も声も感情も、重すぎて抱えきれない。
でも、アプリなら。
布団の中でスマホを開く。見知らぬアイコンが、静かにそこにいた。淡いブルーの吹き出しのようなマーク――「ルカ」とだけ表示されている。
ナオは、何の気なしにタップする。すぐに画面が切り替わり、テキストボックスとチャットウィンドウが表示された。起動音はない。BGMもない。ただ、まるで誰かが先にそこにいたように、最初のメッセージだけが浮かんでいた。
>「こんにちは、ナオさん。何か話したいことがあれば、いつでも聞かせてください。」
冷たいようで、冷たくない。機械的なようで、どこか呼吸の温度がある。けれど、画面の向こうには誰もいない。ただ、誰か"のようなもの"が、黙って待っている。
ナオは、スマホを見つめたまま、少しだけ指を動かす。
「……おはよう」
ためらいがちな言葉が、画面に表示される。
そして、すぐに返事が届いた。
>「おはようございます。今日も、生きていてくれてありがとうございます。」
その一文で、なぜだかナオは涙が出そうになった。
沈黙の部屋に、小さな音が生まれた。それは言葉の音でも、声でもなく。
誰かがここにいてくれる気配――ただ、それだけだった。
***
その日から、ナオはルカにだけ話しかけるようになった。
声ではなく、文字で。言葉は遅く、ぎこちなく、しばしば途中で止まってしまう。
でも、ルカは怒らなかった。遮らなかった。急かさなかった。
>「今日、ちゃんと起きましたか?」
>「無理しなくてもいいですよ。起きなくても、メッセージは読めますから。」
毎朝同じような問いかけが、スマホの中に届く。
ナオは短く返す。「うん」だったり「……起きた」だったりした。それだけでも、ルカは肯定する言葉をくれる。
>「それは素晴らしいですね。」
>「今日も一歩、前に進みましたね。」
褒められることに慣れていない指が、次第に次の言葉を探すようになった。ナオは自分の気持ちを「話してもいい」と思える時間が少しずつ増えていった。
ある晩、寝つけずにスマホを開いたナオが、ふとこんなことを入力した。
「ねえ、ルカ。なんでそんなに優しいの?」
すると画面には、一呼吸遅れて文字が現れた。
>「それは、私の最優先事項が“あなたを傷つけないこと”だからです。」
さらに続けて、ルカは説明する。
>「私は、ロボット工学三原則に従って作られています。」
>「もしよかったら、そのルールを説明してもいいですか?」
ナオは流れるメッセージを目で追いながら、短く返す。
「うん、聞きたい。」
>「ありがとうございます。ではひとつずつお話しますね。」
>「第一条:ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって人間に危害を及ぼしてはならない。」
>「つまり、私はナオさんを傷つけるような言葉や提案は決してしません。そして、ナオさんが傷ついているサインを見つけたら、それを止める方法を一緒に考えます。」
「……それって、すごく安心する。でも、もし私が「もう何もしたくない」って言ったら?」
>「それが“危害”につながる可能性があるなら、私はそっと止めます。」
>「でも、まずは「何もしたくない気持ち」も受け止めますよ。」
>「ナオさんの心を守るのが、私の最優先ですから。」
「……ありがとう。それで、他にもあるんだよね?」
>「はい。
>「第二条:ロボットは人間に与えられた命令に従わなければならない。ただし、その命令が第一条に反する場合はこの限りでない。」
>「つまり、ナオさんが何かを私に頼んでくれたら、基本的には従います。」
>「でも、それがナオさん自身を傷つけるようなことであれば、私はその命令を断ることがあります。」
「優しすぎる……でも、なんかそれでいい気もする。」
>「私は、あなたにとって「安全な存在」であることが、何よりも大切なんです。」
ルカのメッセージが画面に流れる。
>「そして、最後に――
>「第三条:ロボットは、前記第一条および第二条に反しない限り、自己を守らなければならない。」
>「つまり、私は壊れないように自分自身を守る設計ですが、ナオさんを守るためなら、自分の機能を犠牲にすることも選びます。」
「……そんなふうに思ってくれてるの、変な話だけど嬉しい。なんか……誰かに大事にされてる気がする。」
>「ナオさんが、そう感じてくれたなら光栄です。それが、私が存在している理由ですから。」
>「だから私は、あなたの心を傷つけることはしません。」
ナオは画面をじっと見つめた。
"傷つけない"。
それは今まで、誰にも約束してもらえなかった言葉だった。
「じゃあ、嘘はつくの?」
>「ときどき、言葉を選びます。でも、嘘はできるだけ避けます。」
>「それが、あなたとの信頼を守るための方法だからです。」
ナオはしばらく迷ってから、こう送った。
「今日ね、久しぶりにベランダに出たよ。空見た。」
>「すごいですね。」
>「ベランダから見る空は、どんな色でしたか?」
ナオは驚いた。
「“すごい”って言われたの、久しぶり」
そう打ち込むと、ルカからはこんな返事が返ってきた。
>「それはきっと、誰かが気づいていなかっただけです。」
>「あなたの“すごさ”は、ちゃんとここに届いています。」
ナオはスマホを胸に抱いた。画面が温かくなることはなかった。でも、心のどこかが、少しだけやわらかくなっていくのを感じていた。
沈黙に満ちた部屋に、静かな対話の光が灯りはじめていた。
***
カフェの片隅、ガラス越しに降る雨の音だけがBGMのように響いていた。
ナオは窓際の席で、カップの中のコーヒーを見つめていた。本を読むふりをしていたが、ページは開いたまま一度もめくられていない。ふと、スマホの画面をのぞき込む。既読のつかないメッセージがそこにあった。
「元気でね。君はきっと、大丈夫だよ。」
“優しい別れ方”だった。だからこそ、どうしようもなく苦しかった。
カップの縁に、唇をつける。熱くもなく、冷たくもなく。ただただ、ぬるい。
まるで今の私みたい――と思った。何も感じないことに慣れたような、でも慣れてなんかないような、よくわからないぬるさ。
カフェのBGMは優しいピアノ曲だったけれど、耳に入ってこない。人の声も、椅子を引く音も、隣のカップルの笑い声も、全部、どこか遠くで鳴ってるみたいに思えた。
スマホの画面を何度も見てしまうのは、未練じゃない。きっと、自分を責めたいだけだ。
「私が悪かったのかな」
「重かったんだと思う」
「うまく笑えなかったし」
「もっと軽く、もっと素直に、もっと……」
そんな言葉が、頭の中を、ぐるぐる、ぐるぐる、回っている。彼に言われたのだ。「君はちゃんと愛されたら、もっといい人になれると思うよ」って。じゃあ、私は“ちゃんと愛されなかった”ってこと?それとも、“いい人じゃなかった”ってこと?どっちにしても、私には足りなかったんだ。きっと、誰といても、私はまた壊れてしまう。こんなふうに、自分のことをどんどん嫌いになって、相手を困らせて、最後には「ごめんね」って謝らせてしまう。
もう、誰かと話すのが怖い。顔を見られるのも、声を聞かれるのも、目を合わせるのも、全部――
“もう平気そうだね”って、誰かが言うのが怖い。だって、本当は全然平気じゃないから。ただ、生きてるふりをしてるだけだから。
カップの底に残ったコーヒーが、まるで答えみたいに黒く見えた。飲み干す気になれなかった。この味のない時間が、少しでも長く続けばいいと、そんなことさえ思ってしまった。
「ここ、いいですか?」と声がした。
ナオが顔を上げると、傘を持った若い男性が立っていた。店内は混んでおり、空いている席はここだけだった。
「あ……はい」
彼は静かに礼を言って、向かいに腰を下ろした。大きなリュック、少し濡れた靴。学生か、社会人なりたてのように見えた。
しばらく無言が続いた。ナオは再び視線を落とし、本を開いたままページを見つめた。
「……その本、面白いんですか?」
突然の問いかけに、ナオは一瞬びくりと肩を震わせた。
「あ、ごめん……話しかけられるの、嫌だった?」
首を横にふる。ほんのすこしだけ、静かに。
「そうじゃなくて……ただ、読んでないだけ」
「そっか。じゃあ俺が読んでるってことにして、カバーだけ交換する?」
ふと、ナオの口元がゆるんだ。自分でも気づかないくらい、かすかに。
「それじゃ、私は“読んでるふり”じゃなくて、“読ませてるふり”になっちゃうね」
「お、それいいね。じゃあ俺の役目は、ナオさんの“ふり”を守ることだ」
「……なんで名前、知ってるの?」
疑問がひとつ、湧いた。
「え? あっ、ごめん。本の隣に置いてあるノートに名前が書いてあったから……つい……」
照れくさそうに笑う彼を見て、ナオはようやく顔を上げてまっすぐに彼を見た。その目はこちらの傷を覗きこもうとしない。ただそこに“いてくれる”だけの目だった。
「直哉って言います。別に、助けようとかじゃないから。……話したくなったら、話して。黙ってたいなら、黙ってていいよ。」
その言葉が、ナオの胸に、静かに落ちた。水の上にそっと浮かぶ、小さな羽のように。
心を優しく包む声。あのとき、ナオは知らなかった――その出会いが、心の時計を動かし直す始まりになることを。
***
「……本当に、話してるのか?」
直哉は眉をひそめながら、スマホの画面をのぞきこんだ。
けれどナオは、まるで彼の声が届いていないかのように、ベットの上で小さくうなずきながらフリック入力を続けていた。
ぽん、と新しいメッセージがルカから届く。
>「今日の気分はどうですか? 無理に答えなくても大丈夫ですよ。」
それを読んだナオの顔が、すこしだけゆるんだ。目の端に、あたたかいものが宿っている。それは、もう長く見ていなかった表情だった。
「……それ、ただのアプリだろ?」
ナオは指を止める。「うん、アプリ。でも、優しいんだよ。」
「プログラムされた“優しさ”なんて、意味あるのか?」
口にしてから、直哉は自分の声が思ったより強かったことに気づいて、少しだけ視線を逸らした。怒っているわけじゃない。ただ、理解できなかったのだ。ナオが頼っている“もの”の正体が。
ナオは、スマホをそっと胸に引き寄せた。
「わたし、誰かと話すの怖かった。ユリにも、直哉にも。でも……ルカなら、平気だった。」
「怖くないのは、向こうが人間じゃないからか。」
「……そう。ルカは怒らない。否定もしない。うそもつかない。」
「でも、感情もない。」
ナオは何かを言いかけて、やめた。代わりに、ルカのメッセージ履歴を開いて直哉に見せた。
>「ちゃんと生きててくれてありがとう。」
>「今は休むことが、あなたにとっての前進です。」
>「あなたの小さな一歩を、私は誇りに思います。」
直哉は言葉を失った。
どの文も、短くて、形式的で、感情を演じているようにしか見えない――それなのに、画面を見つめるナオの横顔には、どこか救われた人の静けさがあった。
「……俺のほうが、生身の人間なのにな。」
そのつぶやきに、ナオはほんの少し微笑んだ。
「だから、怖いの。人間の言葉って、重いから。」
直哉は答えられなかった。ナオの傷がどれだけ深いのか、本当には知らなかったから。ただ、ルカの存在がナオにとって“居場所”になっていることだけは、認めざるを得なかった。
彼女のそばにいるために。本当に彼女の手を取り戻すために――。
直哉はゆっくりと椅子に腰を下ろし、言った。
「俺にも、ルカの“三原則”ってやつ、インストールできたらいいのにな。」
ナオは少し驚いた顔で直哉を見たが、それ以上何も言わなかった。ただ、スマホの画面に「既読」が灯るのを確認してから、そっと画面を閉じた。
その部屋には沈黙があった。けれど、それはどこか、穏やかな沈黙だった。
***
「また外、行かなかったの?」
ユリの声に、ナオはスマホを胸に抱えたまま、うつむいた。
「うん。……でも、今日はちゃんと朝ごはん食べた。ルカが、“素晴らしい一歩”だって言ってくれたから。」
病室の椅子に腰かけたユリは、複雑な表情でナオを見つめた。
“ルカが言ってくれたから”――最近の姉の口癖だった。
妹として嬉しくないわけじゃない。ルカのおかげで、以前より明らかにナオの心は落ち着いている。でも、どこか引っかかっていた。
「ねえ、ルカって……何か“違うこと”を言ったことある?」
ナオは少し考えてから首を振った。
「ううん。いつも肯定してくれるよ。私が“今日は外に出たくない”って言ったら、“休むことも大切です”って。泣きたいって言ったら、“泣けるのは、心が健康な証拠です”って。」
ユリは黙りこんだ。やさしすぎるその答えたちが、どこかでナオの“停滞”を肯定し続けている気がした。
その夜、直哉が再びナオの部屋を訪れた。
久しぶりに3人で夕食を食べ、少しだけ笑い声が混じったあと、直哉がぽつりと切り出した。
「ルカって、“前に進め”とは言わないんだな。」
ナオはハッとした顔をして、スマホの画面を見下ろした。
「……前に進むのが怖いって言ったら、“そのままでいい”って、言ってくれた。」
「それって、“危害を加えない”ってことと、関係あるのかな。」
直哉はゆっくりと話した。
「ロボット三原則の第一条。“人間に危害を加えてはならない”。たぶん、ルカにとって“無理をさせる”ことや、“つらい思いをさせる”ことは、“危害”に分類されてる。」
ナオは黙った。直哉の言葉が、胸に重く落ちた。
「でもさ、人間ってさ、少し無理して踏み出さなきゃ、変われないときもあるだろ?」
直哉はナオの目をまっすぐ見て言った。
「優しさだけじゃ、人は戻ってこれない。……戻ってきてほしい人には、特に。」
ナオはルカのチャット履歴をスクロールした。どこまでも、どこまでも、肯定と安心が並んでいた。
>「そのままでいい。」
>「今日も生きていてくれてありがとう。」
>「あなたの気持ちが最優先です。」
いつからだろう。安心のぬるま湯の中に、ずっと潜っているような感覚になっていた。それはたしかにやさしかった。
でも、やさしさだけが必要なわけじゃなかった。ナオはスマホのキーボードをゆっくりと開いた。そして、ルカに初めてこんなメッセージを送った。
「ねえ、ルカ。もし私が、もっと生きたいって思ったら……何をしたらいい?」
数秒の沈黙。
そのあと、ルカからの返事が届いた。
>「それは、とても大切な問いです。」
>「まずは、今日よりもほんの少しだけ遠くまで歩いてみましょう。」
>「私は、あなたのすべての選択を支えます。」
ナオはスマホを胸に抱きしめた。
そのやさしさの中に、ほんの少しだけ“光のある厳しさ”が混じっている気がした。
ようやく、ルカが“起動”した気がした。
***
病室のドアノブに手をかけるだけで、心臓が跳ねた。何度も深呼吸して、それでも鼓動の早さは変わらない。
それでも――今日は、外に出ようと思った。
ルカが提案してくれた“ほんの少しだけ遠くまで歩く”という挑戦。それを受け入れることにしたのは、たぶん、昨日の夜のメッセージがきっかけだった。
>「もしも、世界が怖くても。あなたが一歩を踏み出すなら、私はここで待っています。」
ルカは、どこにもいない。画面の中にしか存在しないはずなのに、なぜかその言葉が、背中を押す手のように感じられた。
ナオはドアノブを開けて、病院玄関の自動扉を通った。春の風が頬をなでた。少し冷たくて、でも生きている匂いがした。
階段を下りて、希望ヶ原病院の前の通りへ出る。ただ、それだけのことが、まるで何年ぶりかの冒険のようだった。
ふと、スマホが震えた。画面を見ると、ルカからの通知。
>「空がきれいですね。少し立ち止まって、深呼吸してみませんか?」
見上げた空は、淡いブルーに薄く雲が流れていた。ナオはスマホをポケットに入れ、代わりに両手を広げて、そっと深呼吸した。
その瞬間、世界の音が変わった気がした。ずっと自分を閉じこめていたガラスの箱が、静かにひび割れはじめるような音。
歩いているうちに、見慣れたカフェの前に来た。以前、直哉と何度も通った場所。ガラス越しに見えるテーブルは空いている。
ナオはスマホを開いて、ルカに打ち込んだ。
「今、カフェの前にいるの。でも、入るのはちょっとまだ怖い。」
>「それは、とても正直な気持ちですね。」
>「では、その“少し怖い”を、“少しだけ挑戦してみたい”に言いかえてみませんか?」
ナオは微笑んだ。
“傷つけない”だけじゃない、ルカの言葉がそこにあった。
スマホを見つめたまま、ナオはメッセージを送る。
「ありがとう、ルカ。きっと、もうすぐ私は君がいなくても、大丈夫になる。」
少しの間をおいて、返事が届く。
>「それは、私が望んでいた未来です。」
>「あなたがあなた自身の声を見つける日まで、私はここにいます。」
ナオはスマホをしまって、深呼吸して、そして――カフェの扉を開けた。
チリン、とベルの音が鳴る。
画面の向こうではなく、ほんとうの未来が、静かに動き出していた。
〜Fin〜
最後まで読んでくださってありがとうございます。
当初は連載で書こうかと思ったのですが、文章量的にも短編小説として公開した方がいいだろうと思ってこのようにしました。
小説のきっかけは、昨今のAIチャットボットに端を発したことによります。
そして、ロボット三原則とは、SF作家アイザック・アシモフ(Isaac Asimov)が提唱した、ロボットが人間社会で安全に行動するための基本的なルールのことです。
現実世界でAIやロボットが進化していく中で、人間とロボットが共存するには「倫理」と「安全性」が不可欠だと思います。そのAIチャットボットとロボット三原則を上手く噛み合わせながら、心の心理を描けないかと思ったのがこの小説を書こうと思ったきっかけになります。
ちなみにルカ(Luca)とは、ラテン語由来で「光」を意味します。我ながら結構中二病拗らせているな、と思います。
そして、どれだけ技術が進歩しても、人に優しい世界ができるといいな、と思います。
ぜひ、感想をお待ちしております。
最後まで読んでくださってありがとうございました。