第5話 おい坊っちゃま、手料理返しのお時間ですよ。
前回のあらすじ
ハンバーグだけ食べてお皿は残しました
「おい坊っちゃま」
「どしたのイキシア」
「どうして私たちは再び厨房に?」
「えっとね……昨日イキシアがボクに料理を作ってくれたから、そのお返しがしたくてさ」
「ふぇっ? い……いえ、結構ですよ。坊っちゃまのお料理、なんか塩とかコショウが混入してそうなので」
「塩コショウは別に入っててもいいんじゃないかな、味付けに大事だし」
「え? あっ、はい、そうですよね、すみません……。それにしてもどうして急に料理なんて……もともと私がお見舞いのお礼でやったことですし、お返しなんて考えなくていいんですよ」
「そうなんだけどさ……ほら、料理ができたらカッコいいし、ボクが目標としてる魅力的な男にも近付けるんじゃない?」
「確かに一理ありますけど……まっ、これが坊っちゃまの目標のために行われるものならば、私は止めませんけどね。1ミジンコメートルも期待してませんが」
「ぜんぜん期待してないんだね」
「えっ? いや、少しは期待して、ますけど……あれ、坊っちゃま?」
「どうしたの?」
「いえ、なんでも……まっ、まあ私も長く苦しい入院生活を終えたばかりで心労がハンパないので、思いっきり労ってくださいな」
「入院してたの一日だけじゃなかった?」
「一日だろうが一光年だろうが入院は入院なんだぜ?」
「確かにそうだね」
「あれ……あの、坊っちゃま? 今日どうされたんです? 具合でも悪いんですか?」
「ちょっとごめんねイキシア」
「きゃっ……ちょ、坊っちゃま!? いきなりバックハグなんて大胆……んぁ? 何ですかこの目隠しは」
「いいって言うまで取らないでね。じゃあそこで待ってて」
「は、はい……。なんでしょうか、今日の坊っちゃまは明らかに様子がおかしいです。ツッコミにキレがないどころか突っ込んですらくれない……怒っている気すらします。これは一体どういう……」
「じゃあ早速始めようかな……『イキシアへのお返し』を」
「お返し……まっ、まさか!? 私が今まで坊っちゃまに数え切れないほどの毒舌を吐き散らかしてきたことへの復讐……!? 料理というのは『テメエもハンバーグにしてやる』的なそういう……あわわわわ……」
「えーと、初めてだけど上手く出来るかな」
「やっぱりだ!『人』を料理するのが初めてなんだぁ! 目隠しで視界を奪って恐怖を倍増させるなんてイカれてらっしゃる……!! い、いえ……まだそうと決まったわけじゃ……坊っちゃまは心優しい御方ですし……」
「まずこの赤いのを切って」
「ひいいいいまずこの赤いのを切ってる!! きっとポニーの肉塊を細かくしてるんだ! 昨日私が『ハンバーグの起源は馬肉なんだよぉ』って話したせいだ! まずチョコで充分に練習してから、その後で私を迅速かつ的確に始末するつもりだぁっ!!」
「次はこれとこれとこれを…………」
グチャグチャグチャグチャグチャ!!
「ひいいいいいミンチの音だ!! チョコをミンチにしてるんだ! チョコミンチだ! ちょっとおいしそうな響きだぁ!! に、逃げないと……あうう、手が震えて目隠しが取れない……」
「そしたら最後はよく焼いて」
「きゃああああチョコォォォ!! 酷いことばかり言いましたけど私はあなたのこと嫌いじゃなかったですよ!! おねがい安らかに眠ってぇぇぇ!!」
「焼き上がったらよく冷やして……」
「えっ、冷やす? せっかく焼いたものを冷やす? ダメだ坊っちゃまがサイコパス過ぎて私の理解が追い付かない!! それ以上チョコの命を弄ばないでよ人でなし!!」
「さあイキシア……覚悟はいい?」
「ごめんなさいごめんなさい今まで坊っちゃまに酷いことばかり言ってごめんなさいイキシアこれからはもっといいメイドさんになりますし毒舌も絶対に吐きませんのでどうか命だけは」
「それっ!!」
「ひいいっ…………あ、あれ? これ、ケーキ……?」
「イキシア、退院おめでとーー!!」
「おわわっ急な大声!! こ……これはいったい……」
「えへへ、ビックリした? 一生懸命作ったんだよ、イチゴのケーキ!」
「あ……『赤いの』ってイチゴ……焼いた後に冷やしてたのはそういう意味……で、ですが途中でミンチの音が……」
「ミンチ? あはははっ! 材料をよく混ぜて生地を作ってただけだよ!」
「坊っちゃま、怒ってないんですか……? 私のこと、嫌いになったんじゃないんですか……?」
「ごめんね、不機嫌な演技をしといてからのサプライズの方が喜んでくれるかなって思ったんだけど……やり過ぎちゃった、かな……?」
「はううう…………よかったぁぁぁ……」
「そっ、そんな泣くほど怖かった!? ごめんね、本当にごめん!! ボクこういうの慣れてないから加減が分からなくって……」
「はんばーぐにされなくてよかったぁぁぁ…………」
「そんな猟奇的な心配してたの!? 料理に集中しててぜんぜん気付かなかったけど!!」
「……あは……いつもの坊っちゃまです」
「この大声ツッコミしてるのがいつものボクって言うのもなんだか恥ずかしいけどね……」
「それにしても、たった一日の入院でお祝いだなんて大袈裟じゃありませんかね」
「『一日だろうが一光年だろうが入院は入院なんだぜ?』 えへへっ……イキシアのマネ! どう、似てた?」
「っ……私はそんなにカッコよくないですから……」
「え? それどういう……」
「もぐりもぐり……うぼぁっ!! ぐうううっ、マ、マズい……」
「えっウソ!? そんなにマズかった!? さっきより泣いてるじゃないか!! どうしようどうしよう作り直した方が……」
「なーんちゃって。サプライズのお返しです。ふふっ……なかなか悪くないですよ、坊っちゃま」
「ビ、ビックリしたぁ……あはっ、でもコレでおあいこだね!」
「……ええ、そうですね。あと私、これ食べたら菓子折り持ってチョコに今までの行いを謝りに行きます」
「それはどうして!?」