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魔法が使えないってそりゃないぜ

作者の志野野しのやです。




週1程度の頻度で投稿していきます!

 目を覚ますと、目の前でエマが寝息をたてていた。

 朝日に照らされた髪は絹のように美しく、まだあどけなさの残る顔は年相応の愛らしさを見せている。

 黙っていればかわいいのにな。もったいない。

 陽の光が顔にかかり、眩しそうに眼をあける。

 

 ここはひとつからかってみるか。


「おはよう、マイハニー。よく眠れたかい」


 そっとエマの頬に触れる。

 エマは状況が理解できないという風に固まった。

 俺の顔と頬に触れている手を見ると、驚きが嫌悪に変わった。


「触るな!」


 気持ち良い張り手の音が森に響いた。

 

 居間に向かうと、朝食が用意されていた。


「おはよう、どうしたんだいそんなにほっぺを赤くして」

 

 バムじいの奥さんがスープをよそいながら聞いていた。


「エマからのご褒美です」


 脇に鋭く肘が入った。

 奥さんも無視を決め込むとは、扱いが雑になってきたな。

 席に着き、朝食をいただく。

 ふんわり焼き上げられたパンに温かいスープがよく合う。


「宴の時もそうだったけど、本当においしそうに食べるわね」


 目の前に座るエマが面白いものを見る目で見てくる。


「うまいものを食べたら、自然とこういう顔になるだろ」


「ふーん、じゃあ私があげたにんじんは相当まずかったのね」


 エマが挑発的な笑みを浮かべてくる。


「あたりまえだろ、あんなもの人の食べ物じゃねぇよ」


 思い出しただけで下に不味さが広がる。

 せっかくのおいしい朝食を台無しにするんじゃない!

 にんじんといえば、アルフォースは無事に国に帰れただろうか?

 ウロボロスとの戦闘が終わった翌日、アルフォースは国に報告しなければなけないことがあるとか言って帰っていった。


 今は村も復興が進んでいて、貯蔵庫以外はほぼ元通りだ。

 三日でほとんどの家屋が元通りになるのだから驚きだ。

 バムじい曰く、襲撃されたとき用に作り直しやすい設計になっているとか。

 なんと(したた)かな村だろう。


 そして四日目の朝を迎えて思う、ここはなんて平和な村だろう。

 復興の手伝いをしながら交流して新ためて気づいた。

 この村の人たちは気のいい人たちばかりで、皆で協力して生きている。

 こんなやさしい世界の一員になりたいな。

 よし、今日こそはバムじいに永住の約束を取り付けよう。


「バムじい」


「どうした?」


「俺ずっとこの村で住みたいんだけど、ダメかな?」


 バムじいは少し考えるそぶりを見せた。

 何か問題でもあるのだろうか。


「……それは無理じゃな」


「どうして⁉」


「だってお主…」


 バムじいが何かを言おうとしたタイミングで、玄関のドアがバンッと開いた。


「村長、大変です!」


「何事じゃ?」


「シアニド大国の兵士たちがウロボロスの調査に来ました!」


 シアニド大国って、俺を大罪人認定しているところじゃ⁉


「健司、エマ様、急いで屋根裏に隠れるんじゃ」


 バムじいの指示通り梯子を上って屋根裏に隠れる。

 板の小さな隙間から居間の様子を覗くと、玄関から兵士が二人は言いて来た。


「どうも、バム村長。ご無沙汰しております」


「よく来たな、そこに座ってくれ」


 兵士たちは先ほどまで俺たちが座っていたところに座った。

 一人の兵士はしきりにあたりを見回している。

 俺たちがいることを知っているのか?


「早速本題に入らせていたただくのですが、昨日この村に魔獣ウロボロスが出現したというのは本当です

か?」


 兵士は事実を確認するだけだというように淡々と質問していく。


「ああ、そうじゃ。何と恐ろしかったことか」


「そのウロボロスを打ち取ったとも聞いたのですが、これも事実ですか?」


「その通りじゃ。颯爽と現れたアルフォース様と巫女様が女神様の力を借りてわしらを救ってくれたのだ」


 兵士は手元の資料を確認する。


「アルフォース様の証言と一致しますね。彼らは本当に素晴らしい方々だ!襲われたこの村を救うだけじ

ゃなく、あの魔獣を打ち取ってしまうとは!」


 兵士が興奮気味に話す。

 もう一人は相変わらず何かを探している。


「わしらも感謝してもし足りないほどじゃ」


「これで邪教の勢力も少しは弱くなればいいのですが」


 兵士は苦笑いで言う。

 邪教って言葉は何度も聞いたけど、ウロボロスと関係あるのか。


「ところで、そんな村を救ったエマ様の行方をご存じありませんか?」


 兵士は先ほどの興奮は抑えて聞いてきた。


「ご一緒に帰還されていないのですか?」


「そうなんです。アルフォース様が言うには、森を出たところで用事があると言って別れたそうです」


 エマがこの村にいることは黙っているっぽいな。


「そうか、申し訳ないがわしらは何も知らんな」


「そうですか…」


 兵士は残念そうに肩を落とした。


「それでは最後におひとつお伺いします。大罪人、神代健司がこの村に来ていると聞いたのですが、身柄を拘束していたりしませんか?」


 そうだった。俺はシアニドでは大罪人だった。見つかったら即死刑。バムじいが速攻で無理だというわ、そりゃ。


「確かに訪ねてきました」


「今はどちらに?」


「それが一人で訪ねてきたので、自分の罪も懺悔できていないような奴を村に入れることはできないと言

ったら、舌打ちして森へ消えていきましたよ」


「なるほど、アルフォース様を脅して逃走に使った挙句、巫女様たちを森に放置して訪ねてきたわけですか」


 なんか知らないところで罪が増えてないか。


「そんなに恐ろしい罪人だったのですか?」


「ええ、それはもう。国内で何をしたかは知りませんが、巫女様を盾にして逃走を図るような奴です。我々は邪教の工作員ではないかと疑っております」


 おいおい、邪教の仲間入りしてるじゃねぇか。

 アルフォースはどういう風に俺の事を報告したんだよ。

 身に覚えのない罪に怒っていると、隣のエマが妙に静かなことに気が付いた。

 いつもなら興味津々で覗くだろうに。


「なんでそんな縮こまってるんだ?」


 小声で聞いてみる。


「黙ってて、見つかりたくないの。絶対に」


 こいつにも何か事情があるみたいだな。

 エマの様子に気を取られているうちに兵士たちは質問を終えた。


「それでは、また配給の時に来ます。復興頑張ってください!」


「はい、道中お気をつけて」


 兵士たちは家を出ていった。

 片方の兵士は最後までキョロキョロしていたな。

 十分に時間をおいてから居間に戻る。


「バレなくてよかったー」


 安堵の息を吐く。


「何を悠長なことを言っとる。お前さんはさっさと旅の準備をせんかい」


 危機は去ったというのに、厳しい表情のままバムじいが言ってくる。


「まだよくないか?俺のことを探してはいるだろうけど、そんなすぐにここへ戻ってはこないだろ」


「わからんぞ、あのキョロキョロしとった兵士はかなり怪しんでおった」


 確かに一切会話に混ざらず、探し回っていた。

 もう、ここにはいられないか……好きだったんだけどな。


「わかった、準備するよ」


 バムじいから受け取った麻袋に食料や寝袋など必要なものを詰めていく。


「エマ様はどうしますか?」


 未だテンションの低いエマは下を向いて何やら悩んでいる。

 兵士の話だと、別に罪人になったというわけでもないし、きっと帰るのだろう。

 ここでお別れか。

 たった数日間の付き合いだが、案外楽しかったな。

 数秒悩んだ末に、エマは顔をあげた。


「バムさん私、健司と行きます!」


「は?」


 こいつは何を言っているんだ。


「お前は別に罪人じゃないんだぞ。家族も待っているんだから帰ればいいだろ」


「うるさい!これは私が決めたことなの。あんたなんかに文句を言われる筋合いはないわ!」


 エマは駄々をこねた子供のようにそっぽを向いた。

 こいつとの旅はこれからが本番のようだ。

 それからエマとともに旅の支度を済ませ、明日の出発を待つのみとなった。

 そしてバムじいの家で最後の夜ご飯をご馳走になる。


「そういえば、俺たちはこれからどこに向かうんだ?」


「あんたバムさんの説明聞いてなかったの?」


 エマが呆れた顔で言ってくる。


「いや~、その時は初めての干し肉に興奮してて…」


「はぁ」


 エマが大きめのため息を吐く。


「明日から私たちが向かうのはシアニド大国と森を挟んだ反対側にあるアルガーナ大国よ。世界で最も信者の多いルナイト教を国教とする大国。そこならまだわたしたちが逃亡中とは知られていないはずだから」


 別の宗教を信仰している国なら安全と言えるわけか。


「案内役にはフィンが同行してくれるそうよ」


「おっ、あいつも一緒に来てくれるのか。これは楽しい旅になりそうだ」


 ウロボロスとの戦いの後から、フィンは俺を本物の勇者だと褒めたたえてくれている。

 エマと二人の罵倒だらけの旅路を覚悟していた分、嬉しさが倍増した。


「はっはっは、これから逃亡の旅に出るというのに呑気な奴じゃ」


 バムじいがおかしそうに笑う。

 この村での最後の晩餐はとても賑やかなものとなった。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「このお守りがきっとあなたを守ってくれるわ」


「ありがとう、これを見ながら毎日君を思いだすよ!」


 目の前の男女二人が離れたくないというように強く抱きしめあっている。


「ケッ」


 俺は唾を吐いた。

 荷物の最終確認を経て、村の入り口で待っているとフィンが遅れてやってきた。

 これでようやく出発できるというところで、フィンの彼女が手作りのお守りを私に来た。恋人を戦地へ送り出すヒロインのように。

 俺は何を見せられているんだ!


「あら、みっともないわね。人の恋路を妬むなんて」


 エマが挑発的な笑みを向けてきた。


「妬んでないですー、ちょっとせき込んだだけですー」


 わざとらしく咳ばらいをする。


「すみません、遅くなりました」


 お別れの済んだフィンが頭を下げた。


「いいってことよ。さぁ、行こうぜ、新天地へ!」


 俺たちはバムじいに感謝を伝えて、森の中へ入っていく。

 アルフォースに乗って森を駆け抜けたときと違い、今回は徒歩で森を抜けていく。村がシアニド寄りにあるため、徒歩でアルガーナまで行くとなると1週間歩き続けなければならない。

 当然荷物には野営用のテントなども入っていて、正直かなり重い。


 先頭はフィンが担当し、次にエマ、最後に俺という順番で進んでいく。

 戦闘能力的には俺が真ん中の方がよくないかと進言したが、エマ様を矢面に立たせるわけにはいかないと却下されてしまった。

 巫女ってのはそんなに重要な存在なのかね。


 森の奥へ進んでいても危険な動物はあまり出てこない。

 フィン曰く、この森の強い動物たちは基本夜行性であり、今の時間帯はどこかで昼寝でもしているのだろうとのこと。

 そんなわけでサクサクと進んでいく。

 無言で進むのもつまらないので、気になっていたことを聞いてみる。


「そういえば、邪教ってどんな宗教なんだ」


 フィンが驚いたようにこちらを見た。


「おいおい、健司そんなんも知らずによくここまで生きてこれたな。子どもがまず最初に習う一般常識だぞ」


 そんなこと言われても、俺この世界に来たの昨日だし。


「ごめんなさい、フィン。この人、聖獣様に餌付けしようとするほどの常識知らずだから」


 フィンが憐れむように俺を見る。

 やめろ、そんな目で見るんじゃない。もとはと言えば、エマが何の説明もなしに俺を家に監禁したのが原因だからな!

 言い返したいところだが、話が進まなくなるのでここはこらえる。


「はいはい、俺は常識知らずです。そんな俺に邪教について教えてください」


「仕方ないわね」


 エマ曰く、邪教の正式名称はディザイア教と言い、人々の欲望を司る神、ミクレディア・アザトースを祀る宗教だという。現存する宗教の中では比較的新しくできた新興宗教だ。しかし、その規模は凄まじい速さで拡大し、邪教と聞けば子供でも恐れるほどに世界に浸透した。信者の構成は亜人やモンスターがほとんどであり、邪教に入信している者たちを魔物や魔獣と呼んでいる。


 昨夜現れたイノシシも魔獣ウロボロスという名の通り、邪教の信者だった。

 彼らもほかの宗教と同様に特権をもらうことができ、その内容がほとんど戦闘用に特化していることが恐れられている要因の一つとなっている。


「もしかして邪教には、あの化物イノシシみたいなのがうじゃうじゃいるのか?」


 そしたらこの世界はもうすぐ滅ぶだろうな。


「そんなわけないでしょ。あれは幹部クラスって言ったでしょう。きっと邪神に特に気に入られたウリ坊だったのでしょうね」


 この世界での強さはどうにも信仰心の強さではなく、神様にどれだけ気に入られているかが直結してくるっぽいな。


「邪教の信者はみんなあいつみたいに好戦的なのか?」


「シアニドやアルガーナに直接攻撃を仕掛けてくるくらいには好戦的ね」


 なるほどね、アニメで言う魔王軍的な存在なわけだ。


「ま、あんなに突然幹部がひょいっと現れることはめったにないけどね」 


「そうであってくれないと安心して寝れねぇよ」


 邪教について大まかに理解したところで日が暮れてきていることに気づいた。


「今日はこの辺で野営しようか」


 フィンが振り向いて言った。

 テントを立て、焚火を炊くと、バムじいからもらったスープを火にかける。

 スープは、干し肉とパンだけでは味気ないからと準備してくれたものだ。

 スープを混ぜている間、フィンは周囲の木に青い石をぶら下げていく。


「フィン、さっきから何しているんだ?」


「夜襲を避けるための結界を準備しているんだ」


 どうやらあの石はエマたちが首に下げている石と同じで、女神シーアの力がこもっているらしい。その石に魔力を通すことで簡易的な結界ができるということだった。

 ただの信者の証ってだけじゃなかったんだな。


「そういえば、フィンもエマも魔力でいろんな魔法を使ってるけど、俺にも使えたりするのか?」


 そう問いかけると、フィンとエマが顔を見合わせた。


「そ、そうだな、魔力はどんな生物でも持っているんだ。使えないことはないぞ」


 フィンが苦笑いで答える。

 使えないことはないってどういうことだ?


「フィン、はっきり言ってあげないと可哀そうよ。あのね健司、あなたの魔力はそこらへんにいるウサギ以下なの」


「へ?」


 ウサギ以下?


 ウサギって、耳の長い四足歩行の小型動物だよな。あの愛らしい見た目の。

 あ、そうか。この世界のウサギの魔力がきっと多いんだ。


「あなたから感じる魔力は本当に微弱で、たぶんコップ一杯の水を生成しただけで倒れちゃうと思うわ」


 ウソだろ。

 せっかくの剣と魔法の世界に来て魔法が使えない?

 しかも呪いのせいでとかでもなく魔力が少なすぎるとかいう理由で⁉

 そりゃないぜシーア様。

 俺、強くてかっこいい彼氏として召喚されんたんですよね。

 今のところ、最弱エピソードしかないんですけど。

 エマからも同情の眼差しが向けられる。


「何とかして増やす方法とかないのか?」


 エマが視線を逸らす。


「あるにはあるんだけど……その訓練をするための魔法も使えない可能性があるのよね」


「……」


 詰んだ。どうやら俺はこの世界で魔法は絶対に使えないらしい。

 今モンスターが攻撃してきたら、真っ先に死ぬのは俺なんだろうな。

 さっきまで感じていた魔法への期待が一気に冷めていった。


「気にしないで、健司。魔法が使えなくても日常生活で困ることはないわ」


「そ、そうだよ。魔法使いを職業にしている人間なんてほんの一握りだ。一般人にはそこまで縁のないことだ」


 二人の気遣いが余計心に来る。

 でもそうだよな。できないことを悔やんでもしょうがない。

 現状を考えれば、生きているだけで大満足だ。


「ありがとう、二人とも。そろそろスープも温まってきたし、食べようぜ」


 前向きになった俺を見て、二人が安堵する。


「そうだな、食べよう!」







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







 少し物足りない飯を食べた後、テントの中で横になる。

 フィンは夜の見張りをしてくれているため、外で待機している。

 エマは横になった瞬間寝てしまった。


 ずっと気を張り詰めていたようで、テントに入ってようやく安心したらしい。

 村に兵士が来てからだ。どこか落ち着きのない、何かにおびえているように見える。

 オークの頭を握りつぶせるような奴が何を恐れる必要があるんだろう。


 エマの腕を見ると非常に細かった。こんな腕でも想像をはるかに超える腕力が使える。

 魔法、使ってみたかったなー。

 剣術も体術も使えない俺はこれからどうやって逃げていけばいいんだろう。

 というか一生逃亡生活を続けなきゃいけないんだろうか。

 それは……嫌だな。


 未来への大きな不安を抱えながら、俺は眠りについた。


ここまで読んでいただきありがとうございます!








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