仮初のキズナ
菅野は、波多野愛花、同じバイト先の藤木直美。小林健太郎。と共に、ユニバーサルスタジオジャパンにきていた。
3人とも菅野よりも年上だったが、年齢の垣根を超え、親しくしていた。今回ユニバーサルスタジオジャパンに遊びに行くのは、初めてではなかった。ユニバーサルスタジオジャパン以外にも、いろいろ遊びに行っている。そんな感じだったので、菅野には波多野結衣に関する警戒心が全くなかった。むしろ、何度か抱いているので(みんなには内緒で)そういう意味でも、うってつけであった。
「最初はやっぱり、フライングダイナソーやろ。」
そういって、藤木や小林がしきっていく。菅野は自分から意見を出すこともあるが、流れに任せることもある。季節限定のイベントにはしゃいだり、新しくできたアトラクションを満喫したりと、楽しく過ごしていた。だが、その背後や、店内のモニター室には。
「菅野と波多野の居場所を確認できました。」
「分かった。5人交代制で、配置に着け。」
菅野たちは左から順に、小林、藤木、波多野、菅野と横並びになっていた。エリア内に道幅は十分に広いので通行の邪魔にはならなかった。通行人とぶつかりそうになった場合は、波多野が菅野の腰を腕で抱き、自分の方に引き寄せていた。ごく自然に事が運ばれるので、指摘するものは誰もいなかった。
夜ご飯を食べ、現地で解散することになった。菅野はユニバーサルスタジオジャパンのホテルに部屋を取っているので、そのままそこに向かった。
菅野が部屋で過ごしていると、フロントから電話がかかってくる。
「菅野様、ただいま、部屋が満室でして、知人の方が相部屋でもいいと言っているのですが、いかがいたしましょうか。」
「別に構いませんが」妙な話だと思った。名前を告げないのも変だし、相部屋にする必要もないのに。そういうと、一人の女が部屋に入ってきた。
「よお。菅野。」
「波多野先輩。」やってきたのは、波多野結衣であった。波多野はまるで、自分が正当な手段を使って部屋を取ったがごとく、部屋に入った。たまたま、ダブルベッドだったので、波多野は隣のベットに座った。
男の菅野は、普段は意識していないとはいえ、女の顔を持つ、波多野に息を呑んだ。高校からの延長戦での付き合い。何度か抱いた波多野の肢体を菅野は思い出していた。
「また、する?」波多野は、日常会話の延長戦のようなトーンで聞いてきた。そこに淫乱さも、不自然さもなく、興奮と言う、現象がそこにあるだけだった。
ことはごく自然に運んだ。二人の男女は浴室に向かい、互いの裸体を愛撫し始めた。シャワーを流し、石鹸で洗い、互いの体についた垢をなめ合うように、肉体と肉体を混じり合わせ、何度も果て続けた。
翌朝、気が付くとそこはベットの上、ではなく、暗がりの一室であった。見えるのは、天井にあるあみだくじのような線と、地図のような茶色い模様だった。地面は、カーペットが敷かれてあり、目の前には大きな男が2人と、スーツを着たこわもての男が数人いた。
パイプ椅子に座らされており、チェーンのようなものでぐるぐる巻きにされ、南京錠が掛けられていた。
「はじめまして、菅野悠人くん。私の名前は後藤虎太郎。黒澤会の幹部さ。覚えてるか?」
「いや。」
「君ははめられたんだ。波多野愛華によってな。これは、俺にとっての復讐だ。先月、お前にからんできたチンピラを覚えているか。」
「まあ。」
「あれは、その礼を言いに来たんだ。」
「礼?」
「君たちがうちのシマで勝手に商売をやっているせいで、こっちは上がったりなんだ。言っている意味分かるか?」
「分からん」
「仙波由吉によって私の両親は殺されたんだ!!人の命を奪ってエクスタシーに浸ってるお前らに復讐を果たしてやる。」
すると、組員の手から、後藤にバーナーを手渡された。
「お前は何も悪くない。きっと親から殺人をするように言われてきたんだろ?分かるよ俺も。親からも、教師からも、街のチンピラからも、やくざの息子として、生きてきたからね。悪いのは、お前の手だ。」そういって、バーナーを最大火力にし、菅野の手に近づけた。
「ははは。お前の手をドラえもんにしてやるよ。」バーナーで菅野の肉をあぶった。肉は徐々に溶け出した。出血はなかった。火が血を瞬時に焦がしているからだった。
「これで殺しはできまい。」菅野は叫ばなかった。ただひたすら痛みに耐え続けたのだった。常人であれば、この時すでに手は切り落とされているが、普段から手を鍛えていた菅野は、常人よりそれを耐え続けた。しかし、それも終わりに近かった。その時、外から声がした。
「誰だこらあ」
「立ち入れ禁止だこらあ」銃声が響く。しかし
「うがっ」
「ぎゃっ」それだけが聞え、あとは途切れた。後藤は無線で下の階につなぐが返事が全くない。すると、部屋のドアが、一文字に斬れた。そして、下半分から、足が出てきた。そして、上からも、手が出てくる。通常部屋のドアと言うものは、そう簡単に切れるものではない。大の大人が、切れ味のいいナイフを、力いっぱい刀身を入れても、やっと傷がつく程度である。
それを男は横に一太刀入れただけで切ってしまったのである。さらにドアノブはドアよりも固く、金属でできているので、半日かかってやっと、目立った傷がつくくらいである。
「誰だてめえは?」立っていたのは小柄な中年の男だった。肉も少なく。必要最低限の耳に着けているようだった。黒のジャケットに黒いズボン、黒い革靴に、灰色のシャツを着た男が立っていた。
「仙波由吉。」
「お前がぁ。」後藤は由吉をじっと見た。目は血走っていた。青筋もこめかみにくっきりと出ていた。
「野郎!!ぶっ殺せ!!」男たちは由吉に拳銃を放ったが、すべて、鞘ではじき返した。そして、一人の組員を縦に真っ二つに斬った。その次に横に真っ二つに斬り、その次に、みじん切りにする。
二人でかかってきた組員を、一刀両断し、後藤に対しては、のどを突いたが、皮膚が通らなかった。
そして、拳銃を三発ぶっ放し、窓から逃げた。
波多野は、足に隠していた拳銃で撃とうとするが、腕を切断され、腹を突かれてしまう。
「久しぶりだな。悠人。」
「仙波さん。どうしてここに?」
「お前が殺される気配がしたんだ。これほどの殺気をお前が感じ取れないとは。女にうつつを抜かしているからだな。」
「一生独身・童貞よりはましですよ。」
「ほざいてろ。近々また会うことになるだろう。」数人の死体を放置し、そのまま部屋を出た。
菅野は、3つの仕事をすべてやめ、京都に引っ越すことにした。一足早かったが、知り合いが一人死んでしまったため、正体に気づかれる前に大阪から離れたのであった。
「おそかったな。悠人。」誰もいないはずの新居に尋ねてきた男がいた。
「お、お父さん」浅黒の肌、道着の胸元から見える大胸筋。パツパツの腕、ソフトモヒカンの頭、相手を射すくめるような眼。分かりやすい怖さではないものの、正体を知っている悠人は、全身が震えていた。
明神活殺流・前当主菅野琉人であった。身長は177㎝体重は100㎏。細身の悠人とは違い、肉がしっかり詰まっていた。贅肉の少ない、無駄のない筋肉が備わっていた。手には傷と呼べるものは一切なかった。
「守られたか...仙波に。」
「うん。」
「この軟弱者が!!」悠人の肌、肉、神経に隅々、細胞に至るまで緊張を走らせた。
菅野家では代々、子孫繁栄以外の性交渉は禁じられていた。だが、高校に入ってから、悠人はその禁を何度も破ってしまったのであった。
「一目見ただけで分かったぞ。お前が弱くなっていることが....禁を破りおって。」すると、琉人は勢いよく地面を蹴った。そして、悠人の金的を蹴り上げたのであった。
「子孫繁栄の為に残しておいたが、次破れば、こんなもんじゃすまないからな。」そういって琉人は出ていった。
大阪の明神活殺流は、仙波文吉が支部長を務める。
「後藤虎太郎の皮膚にすら、刃が通らない。私もまだまだです。」