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41.ぴあの、眠らせる

「あ……あ……セブレイスさま……。い、いつ戻ってこられたのですか、お出迎えに参りましたのに……。ああ、でも嬉しい……、やっぱり帰って来ないなんて嘘だったのですね……」

「……そうだとも。このセブレイスが可愛いお前を見捨てるわけがないだろう? もう大丈夫だから、ゆっくり休め」

「はぁあ……、不甲斐ないレリトにそんな優しいお言葉をかけて下さるだなんて……、セブレイスさまは……優しい……お方……」


 セブレイスの振りをしてレリトに話しかけているクレデントの表情は冷たく硬質なもので、彼が今どんな気持ちなのかはぴあのにはわからない。レリトは彼の腕の中にいるが、レリトの舌の上に乗った名前はセブレイスの物で、クレデントの気持ちも、レリトの気持ちも、届けたい人に届いていない。それでも、クレデントはそのままレリトにそっとキスをした。口を塞がれたレリトはもう魔法の歌を歌うことができない。しばらく目を閉じたままだったクレデントが静かに瞼を開き、ちらりとぴあのを見た。


(……!)


 その目配せにぴんときたぴあのはよろよろと二人に駆け寄る。そして酷使に千切れそうな喉から小さな声で眠りの歌を歌った。


『さあ夢を見て、安らぎの中、あなたの傷を癒す眠りへ』


 ぴあのが歌うにつれてクレデントの歯列をなぞるレリトの舌から力が抜け、歌い終わる頃には魔族の姫はあどけない顔で深い眠りに落ちていた。

 そんな中、ぴあのの背後で誰かが最後の邪妖精兵を倒す。魔王が去った世界の長い長い戦の後始末はこうして終わりを告げた。


「勝った! 勝ったぞ!! 王の城を取り戻したぞ!!」


 誰かがそう叫ぶとあとからあとから淫魔たちが勝利の歓声をあげる。その声はうるさいほどだったが、レリトの眠りを妨げることはなかった。


「ピアノさん、眠らせるのを手伝ってくれてありがとう。今のレリトは耳元でラッパを吹かれたって目覚めないと思う。僕が能力を使って意図的に深い眠りに落としているんだ」

「そうなんですね……、レリトさんはこのあとどうなるんですか?」

「どうだろう……、セブレイスに惑わされていたとは言え彼女は人間に多くの仇をなしたからね。話し合い次第だと思うけど……でも今はとにかくこのまま眠らせておいてあげたいよ」

「クレデントさんは?」

「僕はレリトの側に居られればそれでいい。とりあえず、彼女を寝室に連れて行ってあげようと思う。あとのことはそれからだ」

「兄貴!」


 レリトを抱きかかえて立ち上がったクレデントの所に勇士たちが駆け寄ってきた。


「パルマ、久しぶりだね。しばらく会わないうちにまた大きくなった?」

「いやあたしのこといくつだと思ってんの……っていうか、よかったよ……生きてて」

「クレデント殿。俺は勇士のヴォルナールだ。レリトを倒さずに無力化して捕縛したということを人間の王に伝えなければならない。できれば彼女を抱えてまたどこかに消えるなどという選択はしないでもらいたいのだが……」

「ああ、初めまして。パルマの兄のクレデントです。妹によくしてくれてありがとう。そうだね。彼女もやったことの代償は受けないといけないだろうから、それはわかっているよ」

「お兄さん、オレ、パルマとお付き合いさせてもらってるアスティオって言って、オレも勇士なんですけど……、レリトを倒したら出るって王様から言われてる褒美、レリトを殺さないってのにしてもらうようにお願いしてみてもいいんで、お願いします」

「アスティオ……くんか……ありがとう……」


 ぴあのは勇士たちがクレデントと必要な話をし始めたのを聞いていたら急に体の力が抜けてきて、空っぽになったレリトの車椅子に腰を下ろした。ほっとして緊張が解けたのか、もう立っていられない気がしたのだ。途中で飲んでいた地下茎の露の効能が切れて来たのか、忘れていた甘い疼きが下腹でずくんずくんとまた息を吹き返し始めているのを感じた。


「ぴあの、どうした」

「ヴォルナールさん、なんか私気が抜けちゃって……また体が熱くなってきちゃって……」


 ぐったりと座っているぴあのの様子に気付いたヴォルナールが彼女を気遣って声をかけると、ぴあのは彼を見上げながら心配をかけないようにへにゃりとした笑顔で返す。その顔は薔薇色に紅潮していて、その顔を見たヴォルナールの胸がどきりと鳴った。


「……アスティオ。パルマ。戻る前にぴあのを少し休ませてやりたいんだが、いいだろうか」

「うん。わかったよ。あたしたちも父さんたちと話し合ってから竜骨街に戻りたいし、再会を喜ぶ時間もなかったもんね。いっぱい可愛がってあげたらいいよ」

「ぱ、パルマさんってば……」

「オレもパルマのこと可愛がりたーい!!」

「きゃはは、ばかばか」


 ヴォルナールはぴあのの体を、とても大事なものを扱うようにそっと抱きかかえる。


「二階に客間があったはずだから、そこで休むといい。僕もレリトを寝室に運ぶから案内するよ」


 レリトを抱きかかえたクレデントと共に、ヴォルナールとぴあのは魔王城に再び足を踏み入れた。クレデントとぴあのが頭につけていた偽装の花は戦いですでに千切れ跳んでいてもうないのに、植物の使用人たちは襲ってくることもせず、時々レリトを気づかわし気に覗き込むだけだった。


「ピアノさん、レリトの部屋は覚えているよね。発つときに声をかけて欲しい。僕らはずっとそこにいるから」

「はい……、クレデントさん、ありがとうございました」


 客間までぴあのたちに付き添ってくれたクレデントと別れ、ヴォルナールは客間のベッドにそっとぴあのを横たえた。客間とは言え王城のベッドは大きくふかふかで、戦いの疲れを吸い込んでくれるような柔らかさだ。通常ならそんなところに寝ころんでしまったらすぐにでも眠ってしまいそうだったが、ヴォルナールに抱きかかえられて運ばれている間にも体の熱は増しており、むず痒いような欲求が彼女を繰り返し突き上げ続けている。


「ヴォルナールさん……、私、またこんなに熱くなっちゃった……だから、んっ……」


 繋がりを求めたくて言葉を紡ぐぴあのの唇を、覆いかぶさったヴォルナールの唇がそっと塞ぐ。彼はぴあのを抱きしめながら、そこに彼女がいるのを確かめるように繰り返しくちづけをした。


「ぴあの……怪我はないか? 辛くないか?」


「は……ッ、ヴォルナールさん……、大丈夫、ちょっとあちこちすりむいたりはしてるけど、ヴォルナールさんたちが助けに来てくれたから、あッ……」


 ヴォルナールはぴあのの装備を外しながら、彼女の体に傷がないか確かめる。彼の指が肌に触れるたびに、ぴあのの瞳がじわっと甘く溶けだした。


「……会いたかった。あの大木の所で離れ離れになって、お前が死んだらと思うと俺は気が狂いそうだった」

「ヴォルナールさんっ……」

「お前は随分積極的に動いたようだが、二人でここに乗り込むだなんて無鉄砲すぎる。結果としては大成功だったが、まずは俺たちを探して欲しかった……。ぴあの、なあ、俺は頼りないか?」


 ヴォルナールは例の泣き出しそうな顔で問いかけながら、ぴあのの服を脱がせていく。弓を扱うせいで硬い指が皮膚を掠めて、ぴあのは軽く仰け反って掠れた声を上げた。


「んん、ぁ、そん、そんなこと、ないッ……です。ヴォルナール、さんっ、いつも私のこと、助けてくれたからッ……。だから、私もっ……んッ、わたし、私も、ヴォルナールさんのこと、助けたかったんです……ッ!」


 ヴォルナールはぴあのの首筋をちゅ、ちゅ、と吸いながら彼女の言葉を聞いていたが、ぴあのが言い終わると唇を離して彼女の目を熱く覗き込んだ。


「愛してる。ぴあの。もう絶対俺から離れるなッ……!」


 絞り出すようにそう言うと、ヴォルナールは再びぴあのに深いくちづけをした。

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